夜の蝶
#彼氏#

ある日私は財布を落としてしまい交番に向うと、タイミングよく私の財布を届けに来てくれた男性。

「あのー、これ落とし物です」

スラリと高い身長に髭の生えていない整った顔。

それが豊との出会いとなった。

「っあ!それ私の財布。中身取ってませんよね?」

親切に届けてくれた方に私はなんて失礼なことを…

と、言った後すぐ後悔した。

「あはは、まぁ心配になるわな。確認して」

ニコッとはにかんだ時に見せた八重歯がなんともセクシー。

「大丈夫です!すいません、ありがとうございました」

「気を付けなよ」と言いながら帰っていく彼を呼び止めた。

「あの!お礼したいので連絡先教えていただけませんか?」

「お礼なんていいから」

「いや、失礼なことも言ってしまったので…」

再びセクシーな八重歯が顔を出す。

連絡先を聞き、最初はお礼のつもりで食事をしていたけれど、それから何度か会ううちに親しくなっていった。

「俺さ…両親いないんだよ。高校生の時に交通事故で亡くなってさ…」

そう言って悲しげな目つきを見せた。

なぜだか、同じ境遇にいるような気持になった。

私は両親はいるけれど、いないような存在。

「そっか…。頑張ってきたんだね。いつも豊は明るいけど、捌け口も大事だよ…」

なんてありふれた言葉。コミュニケーションは得意なはずなのに、親の話になるとうまいことを言って慰めてあげることのできない自分が情けなかった。

「あのさ、突然なんだけど…俺の女にならない?」

さっきの表情とは裏腹に、照れながら微笑んだ。

「っえ!どうゆうこと?急にどうしたの?」

「だから、俺と付き合わない?」

突然の告白に私は照れて伏し目になったが、その瞬間元彼の事を思い出してしまい、私は言葉に詰まった。

「返事は急がないからそんなに深く考えないでね。でも全くタイプじゃないなら今この場で言ってほしいけど」

さっきよりほんの少し深い笑みを浮かべた。

「そうじゃなくて…私、自信ないから」

「なら、ゆうが悲観的にならないように俺が頑張って支えないとな」

日向にいるかの如くあたたかい笑み。

深い安心感を覚え、この人なら私の側にずっと居てくれる!と直感で思えたくらいだった。

それから豊との交際が始まった。

豊には居酒屋で働いていることにして、嫉妬深い一面もあるから口が滑っても言えなかった。

プルプルプルッ…

「もしもし、どうした?」

「今日の夜はご飯行けそう?」

「あー!ごめん。今日も宴会が入っちゃってて…」

私はまんまと嘘をついてしまう。今日はアフターがある日なのだ。

「そっかー、忙しいんだな。頑張れよ」

「うん、ありがとう。また連絡する」

そうやって何度も断ってきているのに豊は一度も文句を言わないし、怒ることも突き止める事もしない。

久し振りに時間を気にせずゆっくりデートができる日に、豊をお姉ちゃんと結弦さんに紹介すると決めていたため、豊にそれとなく話してみた。

「豊?あのさ、私のお姉ちゃんとお姉ちゃんの彼氏に豊を紹介したいんだけど…」

それを聞くと、豊は迷うことなく即答だった。

「全然いいよ!今から行くか」

「っえ、いいの?」

「いいに決まってるだろ。でも…反対されたらどうしよう…」

そう言って動揺している豊の姿がとても愛しく思えた。

私はお姉ちゃんに電話でその旨を伝え、緊張を隠し切れていない豊を落ち着かせながら家へと向かった。

お姉ちゃん達の住んでいるアパートの前に着くと、豊は何度も何度も深呼吸をしていた。

いつも堂々としている豊が、今日はやけに弱気になっているのが伝わってきて、私は豊の背中に活を入れた。

バシッ。

「イテッッ」

「よし!これで大丈夫。いつものように堂々としてよ」

「っお、おう」

ピーンポーン…

ドアを開けてくれたのは、彼氏さんの結弦さんだった。

「いらっしゃい。上がって」

私は奥の部屋にいるお姉ちゃんを見つけるや否や抱き着いた。

「もー、彼氏さんの前でやめなさい」

「だってー、お姉ちゃんの顔見ると抱き着きたくなっちゃうんだもーん」

「はいはい、分かったから。っあ、ゆうの彼氏さんだよね。狭いけど適当に腰掛けて」

「っあ、はい!失礼します」

「私の彼氏!凄く優しくて良い人だよ」

「っあ、豊っていいます。ゆうさんとは付き合いまだ浅いですけど、真剣にお付き合いしてます」

それを聞くと、結弦さんが話し始めた。

「そんなかしこまらなくて大丈夫だよ。聞いてるかもしれないけど、ゆうちゃんは今まで辛い思い沢山してきた子だから、幸せになってもらいたいんだ。だから大事にしてやってよ。ゆうちゃんを悲しませたら俺達が黙ってないからな?」

結弦さん…

「もちろんです!悲しませたりしません」

そして、4人でたわいもない話をしながらすぐに打ち解け、また遊びに来る約束を交わして、家を後にした。

それから平凡に時は流れ、豊と出会ってから1年の月日が経った。

「そろそろ一緒に住まねー?」

それは私が待ちに待っていた言葉。

私は迷うことなく返事をして、豊の住むマンションですぐに同棲を始めた。

「俺はお金の管理が出来ない人だからゆうに任せるわ」

「分かった。ちゃんと貯金していこうね」

結婚したみたいでこの上ない喜びに満ちた。

豊は職人で仕事の出来る人だから給料はそれなりに良くて、何の心配もなかった。

不思議と豊となら素敵な理想の夫婦になれる気がしたんだ。

いつも私の事を優先してくれて、私が機嫌悪い時はなにかと笑わせてくれる。

文句一つとない自慢の彼氏。
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