停電
或る場末、一対の雄雌が、煌々と妖艶な色彩で輝く建造物と、その付近に屹立する理性とは程遠い女神の像を凝視する。

「このまま何処へ行こうか」と、脈絡も無く女が呟く。

「いや、そんな度胸はないから」と、男は云う。
男は高校生らしい。
日々、中国語で「手机」と呼ばれる四角い物体で同級生の写真と、ウェブ上にあるポルノ画像を合成し堪能していること–。勿論それを表に出すことはないし、この「女」もまたコラージュの素材の例外ではなかった。

「た」と「つ」の間のような発音で女は不機嫌そうに舌を打った。

「そういうとこだよ」

「何が」男が重ねる。

「なんでもないよ」

二人の周囲には人通りもなく、ただ、乗用車の騒音が静寂の輪郭を縁取っている。そのせいで、真夜中よりもずっと、不思議な程静かな、午後17時であった。付近に居住する一人の初老の男性が、怪訝そうな目でそれを見ていることに気付き、何か勘付かれた、と思ったのか、彼らは外れの公園へと急いだ。

息を切らし、まるでトドメを刺した後の犬のように喘いで女が云う。

「今日は"アレ"の為に会うんじゃなかったの」

「そんな事言われてもなァ」

「しないんだったら帰るよ」

「いいよ」

「いいよって…冗談じゃんよ」

男は童貞ではない。が然程経験が無いらしく、いざ女を前にすると、普段の獣のような姿からは想像出来ないくらい平熱を保っていた。不況と少子化の煽りを受け、公園は寂れていた。目の前には民家があるが、場末と同じく人通りはない。

どうやら公園には「器具庫」なるものがあるらしく、これは絶好のチャンスだと思ったのか、鍵を開けようと試みる。が、開かない。

器具庫の付近には瓶を捨てる籠があり、その籠と器具庫の影を利用し二人だけの檻を形成する。檻に入った成り行きで、何の言葉も交わさず、互いの心情の変化すら見られないまま、何故か二人の唇が自然と近づいた。

「今日唇切れてるんだよね」
「煩いな、萎えるんだよそういうの聞くと」

唇が擦れ違う瞬間、女は怪訝そうに笑った。そこからは意識が無い。気づいたら二人は例の像がある施設の中に居て、楼が解けたような液体とともに、名実通り、果てた。

その姿は愛し合って傷を舐め合った痕跡だと表現するにはおぞましい程、オスかメスか判別できない二匹の獣の亡骸だった。


男は女の寝息を確かめて、月光で精液より白い色に染まった誰も乗せてない電車を見つめ、どっち持ちなんだよ、これ、と取り留めも無い事を考えていた。

停電になった。

女は死んだ。
ひたすら雨が続いた。
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