あなたの名前を呼びたい〜声を失った歌い手〜
(伊久巳さん……)

この名前を一年ほど呼べてない。伊久巳さんは何度もあたしの名前を呼んで「好きだよ」って言ってくれるのに……。あたし……。

ジワリと涙が滲み、それはやがて洪水のように激しなっていく。でも、嗚咽は口から漏れたりしない。だって声が出ていないから。ただ苦しいだけ。

このまま声が出せなかったら、あたしの未来はどうなるんだろう。伊久巳さんに捨てられちゃうのかな。またあんな風に傷つくのは嫌だよ!

愛し愛される喜びを伊久巳さんが教えてくれた。歌い手の世界が教えてくれた。今は傷ついてしまっているけど、音楽があたしの心の支えであることに変わりはない。でも、それを言葉に出せなくて……。

しばらく泣き続けていたあたしは、自動再生された音楽にハッと涙を止める。それは君がいるというボカロ曲だった。結婚式で流れていそうな素敵な愛の曲。


ねえ 僕の隣に今続いていく明日に
君がいる 笑ってる
それだけでいい

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