仮面花嫁~極上社長は偽り妻を乱したい~


でもそれならば指で拭うとかティッシュペーパーを差し出すとか、ほかに方法はあるだろう。

それならどうして。

大人の女性ならここで上手に切り返せるのだろうが、優莉にそんな技術はまったくない。ただ胸をドキドキと張り詰めさせ、視線を頼りなく彷徨わせるばかり。


「こっちもついてるぞ」
「え……」


今度は反対側の唇の端を隼に舐められた。一度ならず二度までもそうされて、優莉はいったいどうしたらいいのか。
隼は、いたずらを仕掛けたような顔をして優莉を見つめていた。


「……からかわないでください」


十二歳も年下で、隼が優莉を女性として見ていないのは知っている。だからきっと、今のもちょっとしたジョークなのだろう。
でも優莉は、それを冗談で済ませられるほど大人になりきれていない。


「からかってないよ」


隼はふっと笑みをこぼした。優しげな眼差しが優莉の鼓動をさらに速める。

< 157 / 323 >

この作品をシェア

pagetop