ボクの『妹』~アイドルHinataの恋愛事情【4】~
10 『妹』との再会を兄に報告。
次の日から、Hinataの新曲のプロモーション。
今回の曲は、『クリスマス』がテーマのラブソング。
歌もダンスも得意じゃない上にラブソングだなんて……、ボクははっきりいってテンションが上がらない。
直くんも高橋も、歌が上手いんだよ。
ボクと比較して……じゃなく、たぶんアイドルの枠を超えてると思う。
初めて彼らのハモリを生で聴いたときには、倒れそうになったからね、ボク。
あんまりにもレベルが違いすぎて。
そんな二人だから、歌収録で口パクをすることはない。
難しい曲のときは、ボクの声のみ口パクなんてことも……ごくたまにだけど、実はあるんだ。情けないけど。
ちなみに、今回はちゃんと歌ってる。
ダンスが激しいわけでもないし、そもそも今回はボクのパートが少ない上に目立たないんだよね、なぜか。
ボクが活躍できるのは、歌番組の司会者とのトークぐらいだね。
で、そのトークの収録も終わって、今は歌収録の準備ができるまでの待ち時間。
スタジオの隅の方で、高橋がどこかをぼんやりと見つめている。
……いったい、何考えてるんだろうな、こいつは。いつも、こうなんだよね。
ボクはその高橋に近づいて声をかけた。
「おーい、高橋っ。どうだ、無人島生活は?」
「ん? ……うん。まぁまぁ……順調かな」
「今回の映画はどう? 当たりそう?」
「僕が主演だからね、当然、当たると思うよ」
どこから来るんだ、その自信は。
ホント、いっつも自信タップリなんだよな、こいつは。ボクと違ってさ。
不安そうにしてるところなんて、見たことない。っていうか、不安になることなんてないんだろうな。
いつだって、前を向いてる。過去を振り返ったりしない。こいつも、あの奈々子も――。
……あ、そうだ。一応、報告はしておいた方がいいかな。
「昨日、奈々子に会ったぞ」
ボクが言うと、高橋は少し驚いたような表情をした。
「……どこで?」
「友人の結婚式の二次会。30人くらいゲーノー人が集まっててさぁ、すごい盛り上がってたよ」
「あぁ……、そういえばそんな招待状来てたな……」
っていうか、『水谷さんの結婚パーティーの二次会』って情報は高橋の頭の中にはないんだろうか?
……ないんだろうな、こいつのことだから。
水谷さんも分かってるみたいだし、ここであえて水谷さんの名前を出す必要もないか。こいつなりに気にするかもしれないし。
「何年振りかな、奈々子とあんなに話をしたのは。あいつがデビューする前に共演した再現ドラマの時以来だから……」
「あれ、あいつと共演なんかしてた?」
「してたしてた。大阪でロケしてて……ほんとは別のコが出る予定だったんだけど、出られなくなって、そこに偶然、奈々子が通りかかったから、お願いしたんだ。バラエティー番組の中の再現ドラマだから、気軽にって」
「へぇ……どんな?」
「ボクの、妹役」
「……知らなかった」
おい、奈々子から聞いてなかったのかよ。ホント、分かんないなぁ、この兄妹は。
「ほんのちょっとだったしね。オンエアなんて、2分無かったと思うよ。でも、その再現ドラマをいまの事務所の人が見て、声掛けてもらったんだって。昨日、言ってた」
「へぇ……」
……興味なしか。
昔は奈々子に馴れ馴れしく話しかけただけで、ボクに殺人ビームを食らわせてたっていうのに。
「まぁ、あいつから見たら、ボクは兄の仕事仲間なわけだし、ボクにとっても妹みたいなもんだしね。そりゃ、演技も自然にできるよな」
一応、『ボクは奈々子のこと『妹』として見てますよ』アピールはしておこう。
直くんから昨日のことが変に伝わったら、こいつもさすがに豹変するかもしれない。
「それにしてもねぇ、初めて会ったときには、あいつまだ小学生だったのになぁ。あんな……」
「……あんな?」
高橋の眉がピクッと動いた。
……って、何で墓穴掘ってんだよっ。このスタジオを殺人現場にする気か!?
「………………いや、なんでもない。いま、おまえと同じマンションに住んでるんだって?」
「あぁ……、たまたま別の階だけど部屋が空いたって言ったら、一週間後には越してきた」
「相変わらず、ブラコンだね。昨日もおまえの話ばっかだったよ」
「…………あいつは、危機感ねーな」
高橋は、『ホントしょうがねーな』といった表情で、自分の頭をぐしゃっとした(これから歌収録だっていうのに、セット乱れるぞ)。
「ホントだな。でも、あいつ話の筋もねーから、事情を知らない人には、分からなかったと思うけど。……ホント、いろんな意味でほっとけないよな」
そうなんだよなー。あいつ……ついつい、見ちゃうんだよな。
いや、もちろん直くんが言ってたような『エロ目』じゃなくて。
なんかこう……前しか見えてないっていうか、いったいそこに何があるのか分からないけど……『何か』を見てて、だから他が見えてないっていうの?
そういうところも、この高橋と似てるな、って思う。
こいつも、『何か』を見てて……で、時々とんでもないミスをやらかしたりするんだ。
集中力があるのかないのか、分からないって感じ。
やっぱり、ホントの『兄妹』なんだよね、こいつらは。なんかちょっと……うらやましい。
「高橋ぃぃ! おまえ、なんで明日オフなんて取ったんだよ!?」
突然、直くんが駆け寄ってきて、高橋の首を絞めはじめた(って、じゃれあってるだけなんだけど)。
そういえば、高橋の方から事務所に頼み込んでオフもらうなんて、珍しいよな(しかも、このクソ忙しいときに)。
「いででででっ! 直くん、痛いって、首! 最近、映画の撮影とか忙しいから、一日くらい東京でゆっくり……」
「おまえ、今日誕生日だろ? 今日、明日と彼女と過ごすのかっ!?」
直くんが高橋を羽交い締めにして聞いた。
「…………だといいけどね」
高橋がぼそっとつぶやいた。
「えっ、おまえ、彼女いんの?」
っていうか、どっちにも取れるよな、いまのつぶやき。
『誕生日を一緒に過ごせるような彼女がいたらいいけどね』なのか。
『(彼女がいて、その)彼女と誕生日を一緒に過ごせたらいいけどね』なのか。
なんとなく、言い方が後者のような気がして、つい『彼女いんの?』って聞いちゃったけど。
「このタイミングでオフ入れるんだ、いるんだろ!? 高橋、白状しろっ!!」
直くんは、羽交い締めにしていた腕をさらにぎりぎりっと締め上げた(って、衣裳がシワになっちゃうってば)。
「……いるけど」
高橋が再びぼそっとつぶやいた。
「何!? 相手はどんな人だ? このギョーカイの人か!?」
「……道坂さん」
「は?」
『道坂さん』って……誰だっけ? 聞いたことあるような……。
「……誰? 若手のモデルか……アイドル?」
「じゃなくて、お笑い芸人の」
……出た。こいつのつまんない冗談が。
お笑い芸人の『道坂さん』って……あれだろ?
『しぐパラ』メンバーのモテない芸人、道坂靖子。
確かあの人……30代後半で、高橋とは10歳近く離れてるんじゃなかったっけ?
いや、年齢は関係ないかもしれないけど……あの地味で無愛想な顔といい、人のこと小馬鹿にしたようなしゃべり方といい……あの人を『恋愛の対象』として見られる人がいたらお目にかかりたいよ。
……あ、でも、確か高橋って道坂さんの近所に住んでて、よくお茶とか一緒に行くって言ってたな。
『友達』か『業界の先輩』としては、いい人なのかもしんない。
たまには、高橋の冗談に乗ってみるか。
「ああ、あの道坂さんね。仲いいよね、高橋と。近所に住んでるんでしょ?」
「そうそう」
おや? ボクが話に乗ってきたからか、高橋の顔が生き生きとしてきたぞ?
「……ってか、そんなネタはいいから、白状しろって」
直くん、バッサリかよっ。高橋の顔、ひきつってんじゃん。
「いや、だから…………」
「Hinataのみなさーん、歌収録の準備できましたんで、お願いしまーす」
高橋が何か言いかけたけれど、スタッフに呼ばれて遮られてしまった。
……高橋さぁ、一応関西人なんだから、ボケるならもっと面白いネタ持ってこいよ。