ボクの『妹』~アイドルHinataの恋愛事情【4】~
18 『妹』の奇行。
ボクは店の外で、マネキンに背を向けショーウィンドウのガラスに軽くもたれるようにして、街の中を行き交う人の波を眺めていた。
今日は土曜日だから、サラリーマン風の人は少ない(でも、ちらほらとはいるんだよね)。
街の雰囲気はクリスマス一色なんだけど、まだ12月に入って一週間くらいだからか、人々はみんな、まだそんなに浮かれモードではないみたいだ。
きっと二週間後には、そこのケーキ屋の店先に、サンタクロースの格好をしたバイトが立っていたりするんだろうな。
そうだ。今年は、紗弥香と一緒にケーキでも食べようかな。
イブ当日は無理だろうけど、前日の23日は祝日で紗弥香も仕事が休みだし、ボクも丸一日仕事ってわけじゃないし。
ところで……さぁ。この場所って、結構人通りが多いところなんだけど。
誰一人として、ボクに気づかないんだよね。今日は変装も何もしてないってのに。
いつもはね、伊達メガネかけたり、帽子かぶったりくらいはしてるんだ。特に、紗弥香と一緒に出かけるときはね。
だって、もし『熱愛発覚!!』とかなったら、面倒じゃん?
紗弥香とは、ただなんとなく付き合ってただけだったから、そういうのを頑張って乗り越えようとか考えもしなかったし、かといって、居心地のいい場所を手放す気にもなれないだろうし……なんて思ってたんだ、いままでは。
だけど……おかしなもんだね。
いまは、むしろ『これがボクの彼女ですっ!』って誰かに言いたい気分。
写真? どうぞどうぞ、撮ってくださいよっ! みたいな。
ぜひぜひ、スポーツ新聞のトップにどどんっと載せてやって頂戴っ!! なぁんて……ボクなんかが一面飾るわけもないか(しかも、紗弥香は一般人だしね)。
役者としても評価の高い高橋ならまだしも……ん? あ、そうだそうだ。
2、3日前に、スポーツ新聞のトップにどどんっと載ってたな、あいつ。
『Hinataの高橋諒とAndanteのなーこ、熱愛発覚!!』……って、なんで奈々子と『熱愛発覚』なんだよっ? おいっ?
最初に新聞をチラっと見たときは、『あぁ、とうとう兄妹だってバレた!!』と思ったんだけど、よく見ると『熱愛発覚!!』だもんなぁー。いやぁ、大爆笑だったよ、直くんと一緒に。
ウチの事務所の関係者たちは、高橋に妹がいることは知ってるんだけど、まさかそれが『Andanteのなーこ』だってことには気づいてなくて、慌てふためいてたんだ。
無人島にいる高橋に確認をとるべきか、いやそんなことして動揺させたら、映画の出来に影響が出ても困る……とかね。
いやいや、あいつはそんなことで動揺するようなヤツじゃないし、そもそも奈々子はあいつの妹ですからっ!!
そんなわけで、高橋もウチの事務所も、コメントの出しようがないんだけど……、奈々子の方も『ノーコメント』なんだよな。
まぁ、そうするしかないんだろうけどね。ヘタに何か言って、『兄妹』だってバレちゃうこともあるかもしんないし。
……っていうか、あいつらはなんで『兄妹』だってことを未だに隠してるんだろう?
そんなことを、腕組みをしながらうぅ~んと考えていると、ボクの目の前を横切った、眼鏡をかけ帽子をかぶった一人の女性が、ピタッと立ち止まってボクの方を見た。
ん? あ、やっとボクに気づいた人がいたってことか? 大声で叫ぶのだけは、やめてくれよ?
「……あ、盟にぃ?」
その女性は、眼鏡をほんの少しずらして、小さな声でボクに言った。
ボクのことを『盟にぃ』なんて呼ぶのは―――――。
「あ……え? な、奈々子?」
ボクが言うと、その女性……奈々子は、コクコクっとうなずいた。
『噂をすれば……』ってやつだな。あ、ボクが考えてただけで、別に噂はしてないか。
「全然、分かんなかったぞっ。おまえも、やっぱ変装とかするんだな」
「え? あ、ううん、いつもはしてないんだけど……ほら、変な記事出ちゃったしっ。さっきもリポーターの人とかいて、もぉぉ、ウザイって思って」
奈々子はてへへっと笑いながら、頭をかいた後、パッと真面目な表情になって、自分の顔の前で両手をバタバタっと振った。
「あっ! あのねっ、あれ、全然違うからっ! あたしと諒クンは、別にそんなアヤシイ関係とかじゃないしっ!!」
「……あっっっっったりまえだろっ!? おまえ、自分で何言ってるか、分かってるかっ!?」
「だって、ほら、世の中にはそーいう方々も……いるって聞くし」
「は? ……あ、うーん……。まぁ、いるっちゃーいる、の……かもな。でも、おまえらは、違うだろ?」
奈々子はしっかりと首を縦に振った。
「まったく……。おまえも、もうちょっと気をつけろよ。なんで一緒に実家なんて行ったんだよ」
「諒クン、悩んでるみたいだったから」
「悩み? ……あいつが? うっっそだぁ。あいつが悩むことなんて、あるのか?」
「うん……。なんかね、できなかったみたい。プロポーズ」
「えっ……!? マジで!?」
そん……な風には見えなかったけど、言われてみれば『プロポーズがうまくいって機嫌が良い』ようにも見えなかったな。
「やっぱり……あたしのせいなのかな……」
奈々子は目に涙をためて、ぼそっと呟いた。
「あたしが……あたしが嫌われてるからっ……!!」
「ちょっ……おまえっ、またそうやってすぐ泣くっ! もう泣くなって言ったろっ!?」
ボクは――昔、コンビニの前で泣いていた奈々子をなだめたときと同じように――自分の胸を貸そうと、奈々子の頭に手を伸ばした。
そのとき――――――――。
「めーいっ、ごめんね、待たせて…………」
その声に振りかえると、手に紙袋を持った紗弥香が店から出てきた。
ボクは、奈々子に伸ばしていた手を反射的にひっこめて、自分の上着のポケットに突っ込んだ。
「あ……あぁ。か、買ったのか?」
「うん。ちょっと高かったけど、クリスマスだし、奮発しちゃった」
そこまで言うと紗弥香は、涙を流しながら突っ立っている奈々子に視線を向けた。
それまで少しうつむいていた奈々子も、ゆっくりと紗弥香の方を見た。
―――あれ? なんか、空気が重たい気がすんのは……気のせい?
「――あ、あのさっ、このコ、……友達の……妹なんだ」
その重たい空気を振り払うようにボクが紗弥香に言うと、紗弥香は一瞬間をおいて……そして、表情を和らげた。
「奈々子、えっと……この人、ボクの彼女。紗弥香って言うんだ。おまえの兄貴の彼女より、いい女だろっ?」
ボクがおどけた感じで言うと、奈々子は紗弥香に向けていた視線をゆっくりとボクの方へ移した。
「…………盟にぃの……彼女……?」
消え入るようなか細い声で呟くように言った奈々子は、ボクの目を見つめたまま微動だにしない。
「盟、込み入った話だったら、わたし……席外そうか?」
紗弥香が、心配しているような顔で言った。
「えっと……ななこ……ちゃん? よかったら、これ使って―――」
まだ涙の跡がくっきり残る奈々子に、紗弥香が自分のカバンから取り出したハンカチを渡そうとすると、奈々子はバッと一歩下がって、
「――あたしっ、これから仕事やねんっ。あんまり時間ないんやったわっ。盟にぃ……ほな、またっ!」
「えっ!? おいっ……ちょっ……!!」
奈々子は、勢いよく身体の向きを変えると、ダダダッと走り去ってしまった。
なん……なんだ、いったい? っていうか……なんで関西弁?
あいつ、このギョーカイ入ってからはずっと標準語(といってもちょっとクセのある若者言葉)だったはずだろ?
この間、二次会やあの例の秘密のバーで話してたときも、テレビに出てるときとはかなり違ったしゃべり方だったけど……それでも関西弁じゃなかったよな?
高橋と実家に帰って、関西弁に戻ったのか? いや、実家に帰ったのはもう一週間くらい前になるだろうし……さっきまで普通にしゃべってたよな?
それなのに……なんで、急に…………?
「―――盟?」
紗弥香に呼ばれてボクは、奈々子を追っていた視線を紗弥香に向けた。
「あ……ごめんな? なんか、気ぃ遣ってくれたのに、あいつ……昔っから泣き虫でさ。あいつの兄貴が妹をほったらかしにするから、ボクがとばっちりを受けてるんだ、いつも。ホント、まいるよな」
ボクが言うと、紗弥香は黙ってボクの手を握った。
「……紗弥香?」
「盟は……一人っ子だから、あんなかわいい妹さんがいるお友達が、うらやましいんでしょう?」
紗弥香は、いたずらっぽく笑って言った。
なんだ、『お見通し』かよっ。
今日は土曜日だから、サラリーマン風の人は少ない(でも、ちらほらとはいるんだよね)。
街の雰囲気はクリスマス一色なんだけど、まだ12月に入って一週間くらいだからか、人々はみんな、まだそんなに浮かれモードではないみたいだ。
きっと二週間後には、そこのケーキ屋の店先に、サンタクロースの格好をしたバイトが立っていたりするんだろうな。
そうだ。今年は、紗弥香と一緒にケーキでも食べようかな。
イブ当日は無理だろうけど、前日の23日は祝日で紗弥香も仕事が休みだし、ボクも丸一日仕事ってわけじゃないし。
ところで……さぁ。この場所って、結構人通りが多いところなんだけど。
誰一人として、ボクに気づかないんだよね。今日は変装も何もしてないってのに。
いつもはね、伊達メガネかけたり、帽子かぶったりくらいはしてるんだ。特に、紗弥香と一緒に出かけるときはね。
だって、もし『熱愛発覚!!』とかなったら、面倒じゃん?
紗弥香とは、ただなんとなく付き合ってただけだったから、そういうのを頑張って乗り越えようとか考えもしなかったし、かといって、居心地のいい場所を手放す気にもなれないだろうし……なんて思ってたんだ、いままでは。
だけど……おかしなもんだね。
いまは、むしろ『これがボクの彼女ですっ!』って誰かに言いたい気分。
写真? どうぞどうぞ、撮ってくださいよっ! みたいな。
ぜひぜひ、スポーツ新聞のトップにどどんっと載せてやって頂戴っ!! なぁんて……ボクなんかが一面飾るわけもないか(しかも、紗弥香は一般人だしね)。
役者としても評価の高い高橋ならまだしも……ん? あ、そうだそうだ。
2、3日前に、スポーツ新聞のトップにどどんっと載ってたな、あいつ。
『Hinataの高橋諒とAndanteのなーこ、熱愛発覚!!』……って、なんで奈々子と『熱愛発覚』なんだよっ? おいっ?
最初に新聞をチラっと見たときは、『あぁ、とうとう兄妹だってバレた!!』と思ったんだけど、よく見ると『熱愛発覚!!』だもんなぁー。いやぁ、大爆笑だったよ、直くんと一緒に。
ウチの事務所の関係者たちは、高橋に妹がいることは知ってるんだけど、まさかそれが『Andanteのなーこ』だってことには気づいてなくて、慌てふためいてたんだ。
無人島にいる高橋に確認をとるべきか、いやそんなことして動揺させたら、映画の出来に影響が出ても困る……とかね。
いやいや、あいつはそんなことで動揺するようなヤツじゃないし、そもそも奈々子はあいつの妹ですからっ!!
そんなわけで、高橋もウチの事務所も、コメントの出しようがないんだけど……、奈々子の方も『ノーコメント』なんだよな。
まぁ、そうするしかないんだろうけどね。ヘタに何か言って、『兄妹』だってバレちゃうこともあるかもしんないし。
……っていうか、あいつらはなんで『兄妹』だってことを未だに隠してるんだろう?
そんなことを、腕組みをしながらうぅ~んと考えていると、ボクの目の前を横切った、眼鏡をかけ帽子をかぶった一人の女性が、ピタッと立ち止まってボクの方を見た。
ん? あ、やっとボクに気づいた人がいたってことか? 大声で叫ぶのだけは、やめてくれよ?
「……あ、盟にぃ?」
その女性は、眼鏡をほんの少しずらして、小さな声でボクに言った。
ボクのことを『盟にぃ』なんて呼ぶのは―――――。
「あ……え? な、奈々子?」
ボクが言うと、その女性……奈々子は、コクコクっとうなずいた。
『噂をすれば……』ってやつだな。あ、ボクが考えてただけで、別に噂はしてないか。
「全然、分かんなかったぞっ。おまえも、やっぱ変装とかするんだな」
「え? あ、ううん、いつもはしてないんだけど……ほら、変な記事出ちゃったしっ。さっきもリポーターの人とかいて、もぉぉ、ウザイって思って」
奈々子はてへへっと笑いながら、頭をかいた後、パッと真面目な表情になって、自分の顔の前で両手をバタバタっと振った。
「あっ! あのねっ、あれ、全然違うからっ! あたしと諒クンは、別にそんなアヤシイ関係とかじゃないしっ!!」
「……あっっっっったりまえだろっ!? おまえ、自分で何言ってるか、分かってるかっ!?」
「だって、ほら、世の中にはそーいう方々も……いるって聞くし」
「は? ……あ、うーん……。まぁ、いるっちゃーいる、の……かもな。でも、おまえらは、違うだろ?」
奈々子はしっかりと首を縦に振った。
「まったく……。おまえも、もうちょっと気をつけろよ。なんで一緒に実家なんて行ったんだよ」
「諒クン、悩んでるみたいだったから」
「悩み? ……あいつが? うっっそだぁ。あいつが悩むことなんて、あるのか?」
「うん……。なんかね、できなかったみたい。プロポーズ」
「えっ……!? マジで!?」
そん……な風には見えなかったけど、言われてみれば『プロポーズがうまくいって機嫌が良い』ようにも見えなかったな。
「やっぱり……あたしのせいなのかな……」
奈々子は目に涙をためて、ぼそっと呟いた。
「あたしが……あたしが嫌われてるからっ……!!」
「ちょっ……おまえっ、またそうやってすぐ泣くっ! もう泣くなって言ったろっ!?」
ボクは――昔、コンビニの前で泣いていた奈々子をなだめたときと同じように――自分の胸を貸そうと、奈々子の頭に手を伸ばした。
そのとき――――――――。
「めーいっ、ごめんね、待たせて…………」
その声に振りかえると、手に紙袋を持った紗弥香が店から出てきた。
ボクは、奈々子に伸ばしていた手を反射的にひっこめて、自分の上着のポケットに突っ込んだ。
「あ……あぁ。か、買ったのか?」
「うん。ちょっと高かったけど、クリスマスだし、奮発しちゃった」
そこまで言うと紗弥香は、涙を流しながら突っ立っている奈々子に視線を向けた。
それまで少しうつむいていた奈々子も、ゆっくりと紗弥香の方を見た。
―――あれ? なんか、空気が重たい気がすんのは……気のせい?
「――あ、あのさっ、このコ、……友達の……妹なんだ」
その重たい空気を振り払うようにボクが紗弥香に言うと、紗弥香は一瞬間をおいて……そして、表情を和らげた。
「奈々子、えっと……この人、ボクの彼女。紗弥香って言うんだ。おまえの兄貴の彼女より、いい女だろっ?」
ボクがおどけた感じで言うと、奈々子は紗弥香に向けていた視線をゆっくりとボクの方へ移した。
「…………盟にぃの……彼女……?」
消え入るようなか細い声で呟くように言った奈々子は、ボクの目を見つめたまま微動だにしない。
「盟、込み入った話だったら、わたし……席外そうか?」
紗弥香が、心配しているような顔で言った。
「えっと……ななこ……ちゃん? よかったら、これ使って―――」
まだ涙の跡がくっきり残る奈々子に、紗弥香が自分のカバンから取り出したハンカチを渡そうとすると、奈々子はバッと一歩下がって、
「――あたしっ、これから仕事やねんっ。あんまり時間ないんやったわっ。盟にぃ……ほな、またっ!」
「えっ!? おいっ……ちょっ……!!」
奈々子は、勢いよく身体の向きを変えると、ダダダッと走り去ってしまった。
なん……なんだ、いったい? っていうか……なんで関西弁?
あいつ、このギョーカイ入ってからはずっと標準語(といってもちょっとクセのある若者言葉)だったはずだろ?
この間、二次会やあの例の秘密のバーで話してたときも、テレビに出てるときとはかなり違ったしゃべり方だったけど……それでも関西弁じゃなかったよな?
高橋と実家に帰って、関西弁に戻ったのか? いや、実家に帰ったのはもう一週間くらい前になるだろうし……さっきまで普通にしゃべってたよな?
それなのに……なんで、急に…………?
「―――盟?」
紗弥香に呼ばれてボクは、奈々子を追っていた視線を紗弥香に向けた。
「あ……ごめんな? なんか、気ぃ遣ってくれたのに、あいつ……昔っから泣き虫でさ。あいつの兄貴が妹をほったらかしにするから、ボクがとばっちりを受けてるんだ、いつも。ホント、まいるよな」
ボクが言うと、紗弥香は黙ってボクの手を握った。
「……紗弥香?」
「盟は……一人っ子だから、あんなかわいい妹さんがいるお友達が、うらやましいんでしょう?」
紗弥香は、いたずらっぽく笑って言った。
なんだ、『お見通し』かよっ。