ボクの『妹』~アイドルHinataの恋愛事情【4】~
01 『妹』との再会。IN パーティーの二次会。
もうすぐ、11月も終わり。
とあるバラエティー番組の司会の仕事を終えたボクは、その日の夕方、同じHinataのメンバーである直くんと共に、都内にある、ちょっと隠れ家的なバーに向かっていた。
今夜は、よく番組で共演している、あるタレントさんの結婚パーティーの二次会に呼ばれていて、それに出席するためだ。
ホントは、高橋も呼ばれているはずなんだけれど、あいつはいま映画の仕事が入っているから今日は来られない。
……とはいっても、高橋はこういったみんなが集まって騒ぐようなところはあまり好きじゃないようだから、映画の仕事が入ってなくったって、なんだかんだ理由をつけて参加しないんだろうけれど。
付き合いが悪いっていうわけじゃないんだよ。少人数で集まるってときには、ちゃんと来るからね。しかも、みんなよりもかなり気合入れて。
まぁ、たいてい気合いが空回りしちゃってるんだけど、本人はあまり気にもとめてないみたい。
……あ、でも、高橋とはHinata結成以来、13年もの間いつも一緒にいるけど、そういえばここ2、3年、ちょっと付き合い悪いかな?
彼女でもできたのかな、なんて聞いてみたりもするけど、あいつ、いつも適当にはぐらかしてる感じなんだよね。
『付き合ってる人、いるよ』とか言いながら、じゃぁ誰なんだ? って聞くと、たいていあり得ないような人の名前出してきたりするんだ。
まぁ、こっちも高橋のそんなつまらない冗談は聞き飽きてるから、適当に流しちゃってるけど。
「おい中川、この店が会場なんじゃねーか?」
招待状に描かれた地図と、辺りとを交互に見ていた直くんが、目の前にある店を指して言った。
店の前には店名を示すようなものが何もないから分かりにくかったけど、よく見ると、その店の入り口のところにカエルの置物が3つ置かれていて、招待状の方にも『かわいいカエルの置物が目印です』なんて書いてある。
だけど、このカエル……かわいいの……かなぁ?
「とりあえず、入ってみようか。もし違ったら、また探せばいいんだし」
まだ店の店名を確認できる何かを探している直くんをよそに、ボクはその店のドアを開けた。
「あ、中川くん。樋口くんも。来てくれてありがとう」
店を入ってすぐのところに、今回のパーティーの主役である水谷さんがいた。
水谷さんはモデル出身の女優なんだけど、最近はどちらかというとバラエティー番組に出てることが多くて、そのバラエティー番組で知り合ったスタッフと、このたびご結婚なされたわけだ。
「水谷さん、おめでとうございます……って、なんで主役がこんな入口にいるんですか?」
「だって、来てくれた方にはすぐにご挨拶したいじゃない?」
ニコッと笑った水谷さん(モデル出身だけあって、やっぱ笑顔はサイコーにかわいい)は、ボクと直くんをじっくりと観察。
「うん、スーツも似合ってるわね、見慣れないけど」
「ありがとうございまっす。結構気に入ってるんっすよ、このグレーのスーツ。その辺の会社員みたいに見えます?」
ボクはポーズを取って、営業スマイル。
すると、水谷さんは苦笑って、
「んー……会社員っていうか……」
「ズバッと言ってやってくださいよ、水谷さん。これじゃぁ、会社員じゃなくて七五三だって」
「るっさいなっ。直くんだって、金髪にピアスに黒スーツなんて、どう見たってホストじゃんっ。しかも、右耳にピアス三つもつけてんのに、なんで左には一個もないんだよ」
「るっせーなっ、別にいいだろっ。ほっとけっ」
そんな、いつもの調子でボクと直くんがじゃれあってると、クスクスと笑って見ていた水谷さんは、きょろきょろっと辺りを見回す。
「あら、高橋くんは?」
「あ……すんません。あいつ、いま映画の仕事入っちゃってて」
直くんが(リーダーだからね、一応)答えると、水谷さんはクスッと笑って、
「まぁ、高橋くんのことだから、映画の仕事がなくても、こういうところには来ないわよね?」
さすが、水谷さん。
Hinataとの付き合いが長いだけあって、よく理解していらっしゃる。
「水谷さぁん、こんっちはぁーっ!」
ボクと直くんの後方(要するに、店の入り口)から、とびきり元気な女の子の声がした。
その声に、水谷さんの表情も更にパッと明るくなる。
「なーこちゃん! よかった、来てくれたのね!」
「そりゃぁ、来ますよっ! あ、SHIOは少し遅れるんで……」
――なーこちゃん?
ボクと直くんは一瞬、顔を見合せて、ゆっくりと後を振り向いた。
そして、ボクと、直くんと、……振り返った先にいた女の子も、硬直。
そこに立っていたのは、いま大人気の女性アイドルコンビ『Andante』のなーこだ。
……ってことは、高橋の妹の奈々子じゃん!
「あ、なーこちゃんこんにちは。この間のウタステで一緒だったよね。覚えてるかな?」
ボクは、とっさに『営業スマイル』を作って奈々子に言った。
奈々子は高橋の妹であることを伏せているから、仕事(って歌番組くらいしかないけど)で共演することがあっても話をすることはほとんどないし、せいぜいすれ違う時の挨拶程度だ。
だけど、この状況下において、いつものような『挨拶のみ』なんてのは、あまりに不自然すぎる。
ボクは、『ウソ』は苦手だけど、『しゃべり』は得意だ。頑張るしかない。
「ボクたちのこと、知ってる? 『Hinata』の……ボクが中川で、こっちは樋口」
硬直したままの奈々子に向かって、『営業スマイル』を保ったままゆっくりと言った。
ボクの後ろにいる水谷さんに覚られないよう、奈々子に『ボクに話を合わせろ!』と目で合図する。
「あ……、あぁ……こ、こんにちは。えっと、中川サン……と、樋口サン。この間はどうもっす」
奈々子は、ボクたちにぺこりとお辞儀した。
うん。ちゃんと、ボクの意図してることは伝わってる。
奈々子は昔から、ボクのことは『盟にぃ』、直くんのことは『直にぃ』って呼ぶ。
いまはそう呼んじゃダメだよ、という意味で、ボクは苗字で自己紹介したんだ。
「あの……あ、えっと、……高橋サンは……来てないんっすか?」
「あいつね、映画の撮影で、きょうは来られないんだ」
「あ、そ……そうなんっすか」
ほんの少し、奈々子の表情が和らいだ。
高橋が来ないと知って、ホッとしたようだ。
「あら、なーこちゃん、高橋くんのファンなの?」
水谷さんが笑顔で聞いた。……って、『安堵』の表情を『落胆』と勘違いされてしまったらしい。
「あっ……や、ち、ちち違っ……」
「違うよねぇ。なーこちゃんは、高橋みたいな何考えてるか分かんないやつより、ボクみたいによくしゃべるような人のが好きでしょ?」
奈々子が真面目に答えようとするから、ボクはそれを遮って冗談を言った。
この場は『笑い』で流して、高橋の話題から逸らした方が得策だ。
「……………………」
奈々子はなぜか黙り込んでしまった。
おーい、ここはバッサリ否定するなり、ノリツッコミするなりしろよっ。
「中川は好みのタイプじゃねーみてーだな」
直くんがぎゃははっと笑う。
うん、直くんにしてはナイスフォロー!
その様子に、水谷さんもフフッと笑った。
「あらら、中川くん、フラれちゃったの?」
「みたいですねっ。ざぁんねんっ! どーせボクはモテませんよーだっ」
ボクはいつものお調子ものを演じつつ、直くんとともに店の奥へと入っていった。
ぐるりと店内を見回して、適当に空いてる席に座ると、直くんが小声で言った。
「中川……おまえ、よくあの状況で平然とウソがつけるな」
「え? ボクは一言もウソはついてないよ。その場に応じてしゃべり方を変えただけだよ」
そう。ボクは『ウソ』はついていないのだ。
挨拶をし、自己紹介をして、高橋が来られないことを告げて、高橋から話題をそらすために冗談を言っただけだ。
ボクの得意な『しゃべり』が役に立ったね。うん。