ボクの『妹』~アイドルHinataの恋愛事情【4】~
26 『妹』の、オトコ――!?
生放送終了後。
やっぱり……来たよ。ハギーズ事務所のお偉いサンが。
「…………すんませんでした。全部、僕の責任です」
おおおっ!! 高橋が頭下げてるっ!! 男らしいとこ、あるじゃんっ!!
事務所はカンカンに怒ってるけど、この場にいるすべての人はみんな高橋の味方だ。
たぶん……生放送を見てた視聴者の人もね。もちろん、高橋のファンの人たちも。
そんなことを考えながら、スタジオをぐるっと見回すと……おや?
スタジオの入り口から、若い小柄な男が入って……あっ!!
あの男っ!! この間、カフェで奈々子に……キスしようとしてた男だ!!
奈々子は『友達』って言ってたけど、こいつの方はどう思ってるかなんて分かんないぞっ?
っていうか、何でこんなとこ(テレビ局内の生放送が行われていたスタジオ)に!?
あ、奈々子がさっき生放送に出てたから、無理やり入り込んできたってことか!?
くっそーっ!! 何がなんだか分かんないけど、こいつを奈々子に会わせてたまるかっ(って、そもそも奈々子はこのスタジオにはいないけど)!! 追い返してやるっ!!
「ちょっとあんた、何勝手に入り込んできてんだよ。部外者は立ち入り禁止だぞ?」
ボクがその男の行く手を阻むようにして言うと、男はボクの顔を見てニッと笑って、
「ナンだよ中川、ボクのコト忘れたの?」
――――――ん? なんで、ボクの知り合いみたいなこと……って、げげげっ!!!
「なっ……えっ!? の、希さんっ!!」
「そーだよ。キミ、ホントに気づいてなかったの?」
男……いや、希さんは、いたずらっぽく笑って言った。
ぬああぁぁぁっ!! なななな何で気付かなかったんだっ、『オレ』!? アホだろっ!?
奈々子に顔を近づける直前に見せたあの挑発的な笑い……この人以外に誰がいるってんだよっ?
「まぁ、そーいう訳だからさ、ソコ、どいてくれる? ボクがナンとかしてあげるからさ、アレ」
そう言って希さんが指差したのは、高橋に罵声を浴びせているハギーズ事務所のお偉いサン。
……そうか。希さんは、なんだかんだでうちの事務所の社長の息子だもんな。
事務所の結構な役職にも就いてるし(ここ数年、事務所に顔を出すことはなかったけど)。あのオッサン……いや、お偉いサンより、全然立場は上なんだ。
「あぁ……じゃぁ、お願いしまっす」
さっと身体を後ろに引いて希さんに道を開けると、希さんはスタスタっと高橋とお偉いサンの元へと歩いていった。
そんなわけで。
そこから、『萩原希の……イッツ・ア・ショウターイム!!』が始まった。
お偉いサンは、希さんに一言も言い返せないでいるんだけど(まぁ、当然なんだけどさ)。
「なんだったら、万が一のことがあったらボクが全責任を取ってあげるよ。中川と違って、ボクにはそれだけの力があるし?」
えぇ、どーせボクは、あなたみたいに財力も権力もプロデュース能力も持ち合わせてませんよっ。
奈々子の人気とか、CDの売り上げとかに何かあったって、責任を取ってやれるような男じゃありませんよっ。
……ん? そういえば……なんであのとき、カフェで希さんは奈々子に……キスなんてしようとしたんだ?
まさか、希さん……奈々子に手ぇ出す気か!?
いや、そんなハズは……だって、希さんは――――――。
「……希っ!! 久し振りだなっ? おまえ、いままでどこで何やってたんだよっ!?」
直くんの声にハッと気がつくと、いつの間にか希さんがお偉いサンを追い払った後だった。
「うん? まぁ、イイじゃん、どーだって」
……相変わらずだなぁ、希さん。
「希さん、ありがとうございますっ」
さすがの高橋も、希さんには頭が上がらないんだよなぁ。うん。
「ホント、高橋も面白いことやらかしてくれたね。ウチでテレビ見ててさ、驚いてお茶噴き出して……、ウチの子猫に怒られたよ」
『ウチの子猫』……。
うん、そうだよな。やっぱり、希さんが奈々子に手を出すハズないよな。
「ちょっと面白そーだったから、来てみたんだケド、来て正解だったみたいだね。あのオジサン、昔から頭カタイから……。あの人たちには、Hinataを任せておけナイね。ホントに、Hinataを買い取りたいくらいだよ」
『買い取る』って……どうする気だろう。
あぁ、でも希さんなら、マジでやってしまいそうだよな。
「そーだ、この際だからボク、現場に戻ろーか?」
希さんは、ボクら三人の顔を見回しながら言った。
現場? あぁ、やっと希さんも仕事する気になったかっ!?
「あぁ、その方がいいね。希さんなら、高橋の今後だってうまくやってくれるんじゃない? ボクと違って、希さんにはそれだけの力があるし?」
なんてったって、あなたの本業は『Hinataのプロデューサー』でしょうっ。
ボクがわざとおどけた感じで言うと、希さんはニッと笑って、
「なんだったら、そっちもボクがなんとかしよーか?」
『そっち』? ……って、奈々子のことかっ!?
さっき、奈々子が『プロデュース能力』がどうとか言ってたもんな。
別に希さんの力を借りなくたって、奈々子は自分でなんとかやってけるよっ。
「いや……遠慮しとくよ。……っていうか、希さん」
ボクは、希さんの肩に手をかけて、直くんたちに背を向けるような形にした。
ちょっとばかし……内緒話、みたいな。
「うん? 何、中川」
「――――――いや、あの……この間……」
ボクがそこで言葉を濁すと、希さんは、
「あー……ボクがあのコに何をしたか、気になる?」
と、いたずらっぽく笑った。
げげっ……まさか、この人……ボクが奈々子のこと好きだってことに気づいて、からかってる!?
ボクの表情(たぶん、『気になる』って顔に書いてあるだろうな)を見た希さんはクスッと笑って、
「安心しなよ。ナーンにも、してナイから。……まぁ、中川があのコ要らナイってんなら、ボクがもらっちゃうケド? …………なーんてね」
と言ってボクに背を向けて、直くんたちの方へと向き直った。
『なーんてね』って……。この人が言うと冗談なんだか本気なんだか……分かんない。