ボクの『妹』~アイドルHinataの恋愛事情【4】~
05 『妹』、兄について語る。
「はいっ、SHIOちゃん。モスコミュールが好きなんだって?」
ボクはSHIOちゃんの前にモスコミュールのグラスを置いて、直くんの隣に座った。
「……ありがとうございます」
SHIOちゃんはお礼を言ってグラスに口をつけたけれど、なんだか居心地が悪いみたいだ。
「おい、中川。なーこちゃんはどうした?」
「うん、なんか店員が話あるって……。なんだろね? 前にこの店で何かやらかしたんじゃない?」
「何か……って、なんだよ?」
「いや、わかんないけど。あいつなら店ごとに100個くらい武勇伝作ってそうじゃない?」
「あぁ、なんか、なーこちゃんならありそーだな」
「あの……おふたりとも、なーこと親しいんですか?」
SHIOちゃんが、怪訝な顔をして聞いた。
はっ……しまった!!
やっぱりSHIOちゃんは、奈々子が高橋の妹だってことを、知らないんだ!!
「あ……いや、ほら、テレビ見ててさ、そんな感じのキャラかな、って思ってたんだけど……。ねぇ、直くん?」
「あ? あぁ、そうだなっ。っつーか、俺はあんまり知らねーけど」
「そうなの? ボクさぁ、テレビとかで気に入ったコ見つけると、話したこともないのに既に友達になっちゃったような気になっちゃうこと、あるんだよね。だから、今日はAndanteの二人に実際会えて、うれしいなーって。今度からさ、歌番組とかで一緒になったら、気軽に声かけてね?」
「…………はぁ」
ボクの軽い言葉に、SHIOちゃんは苦笑いで曖昧な返事をした。
「……あの、わたし……ちょっとなーこの様子見てきます」
そう言って、SHIOちゃんは席を立った。
「おまえがあんまり軽すぎるから、居づらいんじゃねーか?」
直くんがいたずらっぽく笑って言った。
「そーんなこと言ったってさ、あの場はああ言うしかないでしょ。SHIOちゃんさ、『あのこと』知らないみたいだし」
「……みてーだな。っつーか、なんでまだ黙ってるんだろうな? 奈々子ちゃん、俺らなんかより超人気アイドルじゃねーか」
「だよねー。……あ、あれじゃない? 逆にさ、いま言っちゃうと奈々子の名前を利用したみたいになっちゃうのが嫌なんじゃない? あいつの方が」
「それはあるかもな。あいつも妙なところで意地っぱりなところがあるからな」
ボクと直くんは、ふたりで高橋の顔を思い浮かべて笑った。
「……いまごろ無人島でくしゃみでもしてるんじゃない?」
「だろーな。……俺、ちょっと便所行ってくるわ」
「はーい。いってらっしゃーい」
一人残ったボクは、自分のカシスオレンジのグラスを口に運んだ。
「たっだいまぁ!! ……あれ? SHIOと、樋口サンは?」
おつまみの皿を手に持った奈々子が戻ってきた。
「SHIOちゃんは、なーこちゃんの様子見てくるって言ってたけど。会わなかった?」
「うん」
「そっか……。店員さん、なんだって?」
「うん……。あのっ、隣、座ってもいい?」
「ん? あぁ、いいよ、どーぞどーぞ」
ボクが言うと、奈々子はうれしそうに笑ってボクの隣に座った。
奈々子は辺りをちらっと見渡して、そしてボクに小さめの声で話し始めた。
「あのね、なんかね、店員さんのお友だちが雑誌の記者なんだって。それで、よかったらお仕事させてもらえませんか? って」
「……雑誌の記者?」
「うん。でね、明日、一緒にお食事でもしながらお話しましょって」
なんで、雑誌の記者が事務所やマネージャー通さず、アイドル本人に声掛けるんだ?
「……それで?」
「え?」
「当然、断ったんだろ?」
「……断ってないけど」
「はぁ!?」
……コイツは、昔っから『人を疑う』ってこと知らないな?
「あれ、あたし……マズイことした? 男の人だけだったら、断ろうと思ったんだけど、女の人も一緒だから、大丈夫かなって……思って」
「『人を信じる』ってのは、悪いことじゃないけどさ。んー……。ま、それがおまえらしいと言えば、らしいんだろうけど」
……ホント、困った『妹』だね、まったく。
「おまえさ、新聞の勧誘とか、ほいほいドア開けちゃってるんじゃない? 大丈夫?」
「それ、このあいだ諒クンに言われた。『俺んちの来客にほいほいドア開けるなっ』って」
「あいつんち行ってんの!? それこそ大丈夫なのか?」
「だって、同じマンションだし」
「……あ、そうなの? 相変わらずベッタリだな、おまえらは」
ボクが苦笑いをして言うと、奈々子は少し考えて、
「そうでもないよ? 諒クンは自分キジュンだし。いまは自分のことで大変なんじゃないかな?」
自分のこと?
あぁ、映画のことか。あいつ最近東京にいないしな。
明日、一度東京に戻ってくるけど、五日後にはまた無人島だし。
その後は確か一か月くらい行ったっきりになるんじゃなかったかな。
うーん……なんか、この困った『妹』のことがすごく心配。
っていうか、ほっとけない。
ボクは、自分のカバンの中からプライベート用の名刺を取り出して奈々子に渡した。
「あいつがいないときとか、困ったことがあったらいつでも連絡して。あいつに比べたら、ボクじゃ頼りないかもしれないけどさ。……でも、ボクだって、あいつと同じように、おまえのこと大事に想ってるから」
ボクが言うと、奈々子はうつむいてその名刺を見つめた後、ボクにとびっきりの笑顔を見せてうなずいた。
「……おまえら、何、見つめ合ってんだよ」
あ、直くんが戻ってきた。
って、その後ろにはSHIOちゃんもいる。
「直くんこそ、SHIOちゃんと仲良くなったの? 直くんにしては積極的じゃない?」
ボクがからかうように言うと、直くんは少し動揺した感じで、
「バッ……何言ってんだ!? 俺はなっ、そこでSHIOちゃんがなーこちゃんを探してるのをちょうど見かけただけだっ!!」
後ろにいたSHIOちゃんは、少し笑って、
「わたし、目が悪いからなーこが席に戻ってるのに気づかなくて……。樋口さんが見つけてくれたから、助かりました」
直くんとSHIOちゃんは、これといって不平不満を言うわけでもなく、ボクと奈々子の向かい側に並んで座った。
「俺は視力だけはいいからな」
直くんがぶっきらぼうに言うと、SHIOちゃんはそれを見てクスッと笑った。
……あれ、SHIOちゃんの雰囲気が少し変わった?
っていうか……、何気にこの二人……急接近してるような気がするのはボクだけ?
なんか、こう……直くんの雰囲気もちょっといつもと違うっていうか……。
なんだよなんだよ? えええ? そういうこと?
まさか直くん、マジでSHIOちゃん狙い!?