ボクの『妹』~アイドルHinataの恋愛事情【4】~

08 『妹』との再会。IN 大阪

 
 広くも狭くもない、ごく普通のバスルーム。
 一人で熱い湯船につかりながら、ぼんやりと考え事をしていた。
 
 ……久し振りにあの女のことを思い出したな。
 
 いや、いつだって忘れたことはない。
 だけど、こんなにはっきりと思い出したのは……何年ぶりって感じだ。
 
 あぁぁ……くそっ! 気分悪いっ!!
 
 ボクは苛立って、手桶でお湯をすくって頭からザバッとかぶった。
 
 なんで今日に限ってこんなに……あぁ、確か、さっきの二次会で誰かが何か言ってたような気がするな。
 直くんだったか? ……いや、直くんはあの女のことを知らないはずだ。
 直くんだけじゃない。ボクとあの女とのことを知る人はいない。
 
 じゃぁ、何か全然別の話がきっかけで思い出した……のか?
 
 ええっと……なんだったかな……。
 
 
 
 
 10年前。……いや、ボクがハタチになる少し前だったから、正確には約9年前ってことになるか。
 あの女がボクを裏切ったと知ったのは、テレビのワイドショーだった。
 
 テレビ画面に映っていたのは、あの女の父親である大御所俳優の、幸せそうな笑顔。
 その画面をボクは……そうだ。確か誰かと一緒に見ていたんだ。
 
 ふわっとした軽い癖っ毛で、高校生になりたての女の子。
 
 …………誰……だったかな。
 
 
 
 
 
 
 
 その日、ボクは大阪にいた。
 あるバラエティー番組の中の、再現ドラマを収録するためだ。
 舞台は気持ちよく晴れた日の公園。そこで、ある兄妹の話を演じる予定だったわけなんだけれど。
 
「中川くん、実はね、きょう中川くんの妹役で出るはずだった女の子が、急きょ来られなくなったんだよ」
 
 ホントに申し訳ないって感じで、スタッフがボクに謝った。
 
「あ、そうなんですか。じゃぁ、どうします? 代役探すんですか?」
「うーん、その方向で話してたんだけど、すぐに見つかるかどうか……」
「セリフとか、短いんですよね。じゃぁ、ボクより年下で、ある程度かわいい子なら、その辺歩いてる……ほら、あんな感じのコに声かけてみたら……」
 
 と、何気なく指差した先にいた、ふわっとした髪が印象的な、制服を着ているからたぶん高校生くらいの女の子。
 
 あ、こっち見てる。
 そりゃ、スタッフはそう多くないけどカメラもあるし、何かの『収録現場』なのは分かるだろうから、普通気になって見るよな。
 
 ……あれ? あの女の子……見覚えがある。
 いや、でも……ここは大阪だしなぁ。
 大阪にあんなかわいい女の子の知り合いなんて……。
 
 …………大阪?
 あ、そういえば、ものすごい身近にいるじゃん。『大阪出身』のヤツが。
 
 ボクは、公園の入り口からこちらを見ていたその高校生くらいの女の子のところまで歩いていって、声をかけた。
 
「……もしかして、奈々子? あの、高橋の妹の……」
 
 ボクが聞くと、女の子はボクの顔を見て固まってしまった。
 
 あれ……人違い? ……なわけないと思うけど。
 こうして近くで見ると、やっぱり、そうだ。
 4年近く経ってるから、いくらか大人びた感じにはなっているけれど。
 
 間違いない。高橋の妹の、奈々子だ。
 
「ボクのこと、覚えてない? 盟だよ。東京で会ったでしょ?」
 
 ボクが自分の顔を指差して再び聞くと、女の子は一瞬何かを考えるように視線を泳がせた後、パッと笑顔になって言った。
 
「……盟にぃ!? やっぱ、盟にぃやったんや。なんで大阪におるんやろって思っててんっ」
「なんだ、気づいてたの?」
「うんっ。でも、ここ大阪やし、人違いかなって思って……びっくりしたっ」
 
 少し汗ばむくらいの陽気の中、公園の入り口に植えられている大きな桜の木の青々とした葉を背に、奈々子は極上の笑顔を見せた。
 
「久し振りだね、奈々子。最近、大阪でライブやっても楽屋に遊びに来たりしないから、どうしてるのかなって思ってたんだよ」
 
 そうなんだ。奈々子は、ボクらHinataがデビュー前のお披露目でSEIKAのコンサートに同行したときに、大阪会場の楽屋に遊びに来て以来、ボクらの前に姿を現さなかったんだ。
 
「あ……え、諒クンから聞いてへんの?」
 
 奈々子は一瞬、困惑の表情を浮かべた後、顎に手を当てて視線を下にやった。
 
「高橋から? ……うーん、何も聞いてないけど」
 
 ボクが言うと、奈々子は周りをチラッと見たあと、小声で言った。
 
「……あんな、あたし、ゲーノー界目指してんねん」
「ええ!? そうなの!?」
 
 初耳なんだけど?
 まったく、そういうことはちゃんと言っとけよ、高橋ぃ……。
 
「何回もアイドルオーディションとか受けてるんやけど、いっつも最後で落ちてんの。せやけど、でも、いつか受かって、アイドルになって、絶対、絶対東京に行くねん」
 
 奈々子は、少し照れくさそうに言った。
 
「そんなのさ、『Hinataの高橋諒の妹です』って言えば、すぐ来れるんじゃない?」
 
 とボクが言うと、奈々子は首を横に振って、
 
「それじゃぁ、意味ないねん。あたしは、あたしの力で、……諒クンや盟にぃのところまで行くんやって、決めてんねん」
 
 と、真剣な眼差しでボクを見つめた。
 
「あ……、そっか。そうだよな。うん。……奈々子は間違ってないと思う」
 
 奈々子って、こういう真面目なところがあるんだよな。
 あぁ、ボクってなんか浅はかっていうか……ちょっと恥ずかしいかもしんない。
 
 ボクは、ぽりぽりっと頭をかいて、……あ、そういえば奈々子に声をかけたのには理由があるんだった、と思い出した。
 
「奈々子さ、いま、学校から帰るとこ?」
「ん? うんっ」
「じゃぁさ、いま時間あるんだったら、ちょっとお願いしたいことがあるんだけど……」
 
 ちょっと不思議顔をした奈々子は、
「……時間やったら、大丈夫やけど……?」と、首をかしげた。
 
 ボクがお願いしたいこと、とは、もちろん……。
 
「いまね、そこでロケする予定だったんだけど、共演するはずだった女の子が急に来られなくなったんだ。だから……その代役、やってみない?」
「……ロケ? 代役?」
「うん。バラエティー番組の中の再現ドラマで、兄妹のお話を撮る予定だったんだ。内容はまだ詳しく聞いてないんだけど、ボクが兄役。だから、その妹役を……お願いできるかな?」
「……妹?」
「そう。……ホントに、ちょこっとだけだから、気軽に……ね。もちろん、お礼はちゃんとするし、それに奈々子が『高橋の妹』ってことも、秘密にしとくから」
 
 ……お願いっ!! っと顔の前で手を合わせて、頭を下げる。
 奈々子は視線をくりっと上に向けて、そして笑顔でうなずいた。
 
「もちろん、構へんよっ」
 
 
 
 奈々子を連れて撮影現場へ戻ったボクは、あちこち電話をかけまくってるスタッフに声をかけた。
 
「代役、見つかりました?」
「いやぁー、それが、なかなか見つからないんだよ。今日はたまたまみんな先約が入ってるみたいで……って、中川くん、その女の子は?」
 
 スタッフは奈々子の方へ視線を向けた。
 
「あ、この子、ボクの知り合いなんです。……友人の妹なんですけど」
「中川くんのお友達の……妹さん?」
「はい、そうなんです。この子どうですか? ボクにとっても妹みたいなコだから、ボクもやりやすいんですけど」
 
 ボクが言うと、スタッフは奈々子の全身をなめまわすように眺めた(高橋に殺されますよ?)。
 
「……うん。いいんじゃない? なかなかかわいいし、いかにも『妹』な感じで。キミ、名前は? いまいくつ?」
「あ、えっと……奈々子です。15歳……高校1年です」
「奈々子ちゃんね。じゃぁ、こちらからもお願いしていいかな? あ、でも……その、制服じゃぁちょっとマズイんだよね」
 
 スタッフは、奈々子が着ている制服を指差した。
 
「じゃぁ、その辺で買ってきたらいいんじゃないですか? 経費で落ちますよね?」
「あぁ……まぁ、そんなに高くなければ……」
「あ、あの、あたし家すぐそこなんで、着替えてきましょか?」
 
 ボクとスタッフとのやりとりを遮って、奈々子はさっきいた公園の入り口とは逆の方向を指差して言った。
 
「え、奈々子の家、近いの?」
「うんっ。あっちの入り口んとこから、ほんのちょっと行ったとこにあんねん」
「中川くんのお友達の家なんでしょう? 知らなかったの?」
 
 スタッフが怪訝そうに聞いた。
 
「い、いやぁー、家までは知らなかったっすよ。ボク、大阪もあまり詳しくないしっ」
「そういえば、中川くんと同じHinataの高橋くんも大阪出身だったよね。彼の実家はどの辺りだろうね」
 
 あわわ……なんかヤバい方向へ話が……。
 
「さぁ~、ボクもそこまでは知らないっすよっ。で、奈々子には着替えてきてもらいます?」
「え? あぁ、そうだね。じゃぁそうしてもらおうかな」
「じゃ、奈々子、行こうか。ボクも友達にちょっくら挨拶してきたいんで、少し時間もらってもいいっすかね?」
 
 ボクは『ウソ』をつくと顔がひきつっちゃうから、この際思いっきり笑顔を作っちゃえ。
 
「あ、そ、そうだね。こっちも撮影の準備しとくから、3、40分くらいでどうかな?」
 
 スタッフはボクの作り笑顔に、少々たじろぎつつ答えた。
 
「了解でーっす。じゃ、奈々子、案内してくれる?」
 
 と、ボクは奈々子の手首を掴んで、さっき奈々子が指差した方向へと歩きだした。
 
 
 
 
 
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