荒野を行くマーマン
「前々から言っていたけど、今日から新しい仲間が増える。それでは魚住君、挨拶して」


部下達の「おはようございます」という声を受けながら足早に自分のデスクまで歩を進めた部長は、傍らの彼にそう促す。


「はい」

見るからに緊張した面持ちで頷き、フロア全体を見渡すように視線を動かしてから彼はミッションを遂行した。


「今日からこちらでお世話になります、魚住海です。慣れないことばかりで、ご迷惑をおかけする事が多々あるかもしれませんが、精一杯頑張りますのでご指導のほどよろしくお願いいたします」

深々と頭を下げた彼に皆が拍手で応え、その波が治まった所で部長が再び口を開き、通常のミーティングへと突入した。

「こちらが君の教育係の天童さんね」

恒例行事が終了し、各々が自分の業務に着手した所で部長が彼を伴い、私のデスクまで接近する。

「君の1年だけ先輩になる訳だけど、仕事はもうバリバリこなしてるから。遠慮なく頼って」

「はい。よろしくお願いいたします」

「こちらこそ」

私に向かって会釈した彼と同じ動きをしながら返事をしつつ、内心『やっぱり大きいな…』と圧倒されていた。

私自身は163センチで、20代半ばの女性としては平均的であり、特別小さいという訳ではないのだけれど、彼と対峙した途端に自分がすこぶる縮んだような錯覚を起こす。
確実に20センチ以上は長身で、衣服の上からでもそれを支えるのに充分過ぎるほどの筋肉が発達しているのが確認できた。

さすが、元競泳選手。
< 2 / 24 >

この作品をシェア

pagetop