荒野を行くマーマン
たとえば公的な重要書類を作成する際は、仕上げに必ず押印や直筆のサインをしなければ完了とはならないものね。

どれだけデジタル化が進もうと、その制度が廃れることはないだろう。

というか、廃れてしまったとしたら何だかとてつもなく怖い世の中になってしまいそう。

「もし自分のゴミ箱にゴミが入っていたらあの複合機の隣にある大きな箱に移すんですけど、今日は出なかったですよね」

なんてことを考えながら私は魚住君への指示を続けた。

「デスク周りを整理整頓して、端末の電源を落として退社して下さい」

「はい」

返答しながら魚住君は素早く立ち上がり、改めて私に視線を合わせて言葉を繋いだ。

「本日は色々ご指導いただき、ありがとうございました。明日からもよろしくお願いいたします」

「あ、いえ。こちらこそ」

真っ直ぐに瞳を見つめられての真摯な挨拶に、気恥ずかしいようなくすぐったいような、なんともいえない感情がこみ上げてきたけれど、それらを必死に押さえ込みつつ返答する。

その後、言われた通りに後片付けをし、フロア内の人に挨拶しながら出入口に向かう彼の姿を視界の端に捉えつつ、私も帰りの準備を進めた。

「お疲れ様でした」

彼から遅れること数分、周囲に声をかけながら部屋を出る。

ロッカールームに向かい、荷物を手に会社を出て、普段利用している駅へのルートを途中で逸れてその界隈では人気の洋風居酒屋へと赴いた。
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