エリート外科医の滴る愛妻欲~旦那様は今夜も愛を注ぎたい~
おもむろに眼鏡を外し、不敵な眼差しで私を睨んだあと。

すかさず彼が、私の唇に自分のを重ねた。

先が触れ合う程度の、ごく軽い口づけ。チュッという甘い音を鳴らし、余韻も感じさせぬまま遠ざかっていく。

「――っ」

文句を言う前に体が動いて、咄嗟に彼を突き飛ばした。反動でこっちまでよろよろと後ずさりながらも、奪われた唇を押さえる。

今、私にキスを……。

事態を飲み込むと同時に、顔が赤く染まる。

恥ずかしさと、こんなことを許してしまった自分の警戒心のなさに呆れ果てて。

「なん……で、こんな……」

ひどい罪を犯してしまったような気分だ。私は透佳くんの婚約者なのに。

いずれ破談になる関係だとしても、今はまだ、この身は彼のもの。

罪悪感に苛まれながら、手の甲でゴシゴシと唇を拭っていると。

正面玄関に向かって、一台の車が勢いよく走り込んできた。眩しいライトに照らされ、目がくらむ。

車は、入口付近に停めてあった沢渡先生の車を追い越して、正面玄関のすぐ脇、車が乗り入れられるギリギリに急停車した。

運転席から降りてきたのは――。

「……彩葉――!」

彼の姿を目にして、背筋が凍る。どうして? まだ帰ってくる時間じゃ……。

焦る私とは裏腹に、沢渡先生がニタリと笑った。

「おかえりなさい。須皇先生」
< 211 / 259 >

この作品をシェア

pagetop