エリート外科医の滴る愛妻欲~旦那様は今夜も愛を注ぎたい~
「……小さい頃、いつもニンジンを残していたじゃないか」

「覚えていてくれたんですか……?」

私をからかったことは忘れているくせに、細かい好みは覚えてくれている。なんだか嬉しくなって、つい口元が綻んだ。

もう二十年近く昔の話だ。さすがに今はニンジン嫌いも克服している。

彼の中の私は、どうやら小学校低学年で止まっているらしい。

確かに中学年になる頃には、父の会社の経営が傾き、彼とは疎遠になってしまった。一緒に食事に行く機会も、ぱったりとなくなってしまったのだ。

キスはするくせに、こんなところだけ子ども扱いのままだなんて。

「ありがとうございます。でも、私、もうニンジン食べられるようになりましたから」

「そうなのか?」

彼は驚いた顔で目を見開く。

「ええ」と苦笑すると、彼もつられたように笑った。

「……好きなものだけじゃなく、嫌いなものも聞かせてもらわないといけないな」

私はこくりと頷く。それでも、幼い頃のエピソードが、まだ彼の記憶に残っているのだと思うと嬉しかった。
< 70 / 259 >

この作品をシェア

pagetop