みずあめびより
「よかったですね。」

「・・・重いけどな。」

5等の万能電気鍋が当たった。荷物が多いこともあり、花金で混んでいる商店街通りを避けて人通りのない路地を歩く。

「私持ちますよ!」

衣緒は鍋の箱の持ち手に手をかける。

「いや、いいよ。」

「じゃ、次の電信柱まで持つから交代しましょう。握力強いですから私。」

「握力関係ないから。離して。」

「持てます・・・よ!?」

鈴太郎を見上げて言うと頬にキスが落ちてきた。

「いいから。」

「じゃ、じゃあ、せめて鍋のふたと電源コードと説明書持ちます。」

「ぷっ・・・。」

いたって真面目な顔で言うので鈴太郎は思わず吹き出してしまった。

───それだけ持ってるとこ想像したら笑える。

「その気持ちだけで軽くなったから。ちなみに俺のカバンも持たないでいいからな。」

「!」

───じゃあカバンを・・・って言おうと思ったのに、先に言われてしまった・・・。

衣緒はがっくりして持ち手から手を離す。そんな彼女を見て鈴太郎はふっ、と笑った。

「ちょうどこれから寒くなるから鍋できるな。この鍋二人で食べるには大き過ぎるけど。・・・あ。」

彼は靴紐がほどけていることに気がつき、荷物を地面に置いてしゃがんだ。

「キムチ鍋、カレー鍋、トマト鍋、石狩鍋、すき焼き、おでん・・・あと、チーズフォンデュとかも出来ますね。」

───二人でお鍋とか楽しみ過ぎる。

衣緒はその場面を想像して頬を緩めながら、鈴太郎が立ち止まったことに気がつかず一人で数十メートル先に進んでしまっていた。

「お姉さ~ん。」

横の道からいきなり若い男が出てきた。見るからにかなり酔っ払っている。

「え?私?お姉さんじゃないですけど?」

「何でもいいけど、飲もうよ。それとも・・・このまま二人になれるとこ直行しちゃう?ヒヒ。」

男は品のない笑いを浮かべ衣緒の腕を掴んだ。
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