みずあめびより
「ちょっと、離し・・・。」

「おい。」

衣緒が抵抗していると鈴太郎が走ってきて男の腕を振り払い、彼女を自分の後ろに隠し前に立つ。衣緒は初めて聞く彼の攻撃的な声色にビクッとした。

「あー、男いたんだ。残念。」

男はそそくさと退散していった。

「大丈夫か!?」

「・・・はい。」

「あんまりボーッとするなよ。金曜の夜だし、ただでさえ変なやつ多いんだから。」

「ごめんなさい。」

「・・・あの鍋返しに行こうかな・・・。」

鈴太郎は先程しゃがんだ場所に置いたままの鍋を振り返って言う。

「ごめんなさい。一緒にお鍋するの嫌になりましたか?」

「違う。荷物多くて手が繋げないから・・・。」

しゅんとする衣緒に鈴太郎は道の脇の室外機を見つめながら言う。

「あ・・・じゃあやっぱり私が持ちます!」

衣緒はそう言うと鍋の元に走っていく。

「いやいや、それでも繋げないことに変わりはないから。」

鈴太郎は彼女を追いかけてくるとそう言って箱の持ち手に手をかける。衣緒は彼の手の上に自分の手を重ね、持ち手を掴んだ。

「こうしたら、手を繋ぎながら持てますよ。」

「・・・歩きにくいだろ。」

───なんだよ、そっちから手を握って来るとか・・・。不意打ちで照れるだろ・・・。

「駄目ですか・・・?」

「駄目じゃ、ないけど・・・。行こう。」

二人は手を重ねたまま、夜の路地を駅に向かって歩いた。



マンションのエントランスに入り、大きな木の扉からエレベーターの前に進む。

───不思議、数ヶ月前のあの日は葉吉さんの後ろについていたのに今は並んで歩いてる。

二人共無言のままエレベーターが3階に着く。

玄関を開け廊下を通り、リビングに着き荷物を置いた瞬間、衣緒はふわり、と鈴太郎に抱きしめられた。

「お帰り、・・・衣緒。」
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