みずあめびより
「・・・パン・・・焼こう!準備するね。」

衣緒は急いで鈴太郎から離れて立ち上がりキッチンに向かう。戸棚を開けて道具を出していると派手な音が部屋に響き渡った。

「ガラガラガッシャーン!」

「どうした!?」

鈴太郎が驚いてキッチンに来る。

「色々持ってたら手が滑って落としちゃっただけ。」

「・・・動揺し過ぎなんじゃないか。」

「・・・ち、違うよ。さっきもお水こぼしたし。」

「衣緒ってしっかりして落ち着いてそうに見えて意外とドジだよな。早とちりもするし。」

一緒に屈んで散らばった道具類を集めながら言う。

「ドジも若ければかわいいけど、もうそうはいかないし、なんとか落ち着いた大人を装ってるんだよ・・・あ、それこっちもらうね。」

「ドジなところも無理して装ってるところも俺から見たらかわいいけどな。それに、落ち着いた大人装ってるのは俺も同じ。衣緒にはバレてるけど。あの出張の時くらいから。」

「ふふ・・・。」

───実はもっと前から知ってるよ。

「・・・何だよ。」

「私も、友達や親でさえ、私のことしっかりしてるとか落ち着いてるとか言ってくれるのに、リンくんにだけはバレちゃってる。」

「彼氏特権、いや、もう婚約者特権・・・?それで、もうすぐ旦那特権・・・。」

自分で言っていて顔が急速に熱くなってくる。

「・・・リンくん顔真っ赤だよ・・・。」

横顔を見つめると鈴太郎
もこちらを向く。

「衣緒こそ・・・。」

同じ赤さの顔のまま見つめ合うと唇と唇が一瞬触れた。

「・・・あのね、結婚しようって言ってくれた今日のこと、これからも何回も思い出すから、その時に『あの後パン焼いたよね。』って話せたら楽しいかなって・・・。」

衣緒は照れて俯きながら言った。

「うん、そうだな・・・。」

「だから、その・・・えっと・・・夜は夜で、ね・・・?」

「わかった。」

おでこをコツン、とくっつけた。
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