みずあめびより
「うう・・・」

突然、衣緒が右腕を曲げて自分の体にくっつけうなり始めた。

「どうした!?」

「脇の下が、つりました・・・。思いっきり伸ばしたので。」

「つった時って引っ張って伸ばした方がいいんじゃないの?」

鈴太郎は彼女の右手を持ち上げて引っ張った。

「あっ・・・いたた・・・。」

「頑張れ、この方が早く治るから。」

「・・・治りました。」

「ぷっ・・・。」
「ふふっ。」

「あはははは!」
「あはははは!」

青空の下、二人は太陽みたいに元気に声をあげて笑った。

しばらく笑った後、二人同時に繋がった腕に気がつく。鈴太郎が慌ててパッと手を離すと、共に頬を赤らめて俯いた。



車が駅に到着した。

「本当にありがとうございました。」

「いや。気をつけて帰れよ。」

衣緒はお礼を言って車を降りドアを閉めると、おじぎをしてそのままその場に立っていた。

「・・・行けよ。」

「お見送りしたいので。」

「俺が見送るから。」

「・・・では、また月曜日会社で。ありがとうございました。」

彼女は微笑んでおじぎをすると(きびす)を返し、駅の中に入って行った。平日の朝と比べグッと人が少なく、鈴太郎は衣緒が改札を通るまでよく見ることが出来た。

と、彼女が振り返ってこちらを見た。その瞬間、二人の間にあるものが消え、気持ちが繋がったような気がした。



鈴太郎は駅前で少し買い物をしてから帰宅した。

部屋に入ると、なんだかとても寂しかった。彼女がここにいたのは半日にも満たない時間だったのに、いないことで何かが欠けている気がした。

そんなことを思う自分に驚いたが、心はぽかぽかとしていた。



衣緒は一日ぶりに自分の部屋に帰ってくると、無意識にレモンとライムが描かれた時計と切り株のスツールを見つめた。彼の部屋にもあったものだ。

それを通して彼の部屋と繋がっているような気がしてしまい、彼と過ごした時間を思い出し、顔がじわじわと温かくなるのを感じた。

リュックから手帳を出しそこに挟まれたティッシュを取り出した。広げると先程鈴太郎の髪についた花びらがあった。

指でそれを優しく撫でるとまるで自分の心が撫でられたかのようにくすぐったく感じた。
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