本当は好きなのに



「え……?」


 だって今までは私のことを『衣川』って呼んでいたのに……。


「なんで……下の名前……なの……?」


 なんで、いきなり『遥稀』って呼ぶの……?


 私がそう訊いたら、松尾は無言に。

 私は何かまずいことを訊いてしまったのかと思った。

 そう思ったとき。


「なんで……って……お前『衣川遥稀』だろ?」


 ……え。

 そっ……それは……。

 確かに……。


「そうだけど……」


 って。

 私は、そういうことを言っているわけじゃないのだけどっ。


「なんだ、ビックリするだろ、名前変わったのかと思った」


 ……‼

 えっ⁉

 まっ……松尾……⁉

『名前変わったのかと思った』って。
 そういう発想⁉


「え……」


 まっ……松尾っ。

 私が聞きたかった返答はそういうことでは……っ。


「じゃあ、帰るぞ、遥稀」


『じゃあ、帰るぞ』って。

 まっ……松尾っ。


 帰る前にちゃんとした返答を……っ。

 さっきの返答は、なんか的外れでは……。


「…………」


 結局、私は松尾にそれ以上何も訊くことができず。


 私は松尾にそのまま流されるように途中まで一緒に帰った。


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