『妄想介錯人』
真里には心当たりがなかった。他人に隙を見せたことなどない。まして、他人を信用することなどあり得ない。
“周防 真里”(スオウ マサト)
他人に下の名前で呼ばれることなどなかった。
いいや、呼ばせることなどなかったのだ。
真里は他人に自分の名を名乗る時、無意識ではあるにせよ、極力名字だけを名乗っていた。下の名を云わない理由はおそらく、これまでの経験上、その後の会話が煩わしいせいだろう。
字面だけを見れば(マリ)と呼ばれることが常であり、聞き伝えであれば男性だと思われた。
真里の思い出せる記憶の範囲内で唯一、ウサギだけが自己紹介の際に「下のお名前はなんとお読みしたら宜しいのでしょうか?」と尋ねた。それ以後、彼は署内でただひとり「真里さん」と呼んでいる。