『妄想介錯人』
一旦は周りを警戒するように見回し、僕から目を反らした彼女だが、またすぐに僕を見据えて更に質問をした。
「いいえ。質問の仕方を間違えたわね。
貴方、私のことを知っているの?」
そう訊かれたので、僕はそこではじめて知り合いの顔を忘れていた訳ではないことに気が付いた。
「いや、あの……多分、知らないとお答えしたいのだが。もし、どちらかでお会いしていたら大変失礼なのですが……」
すると彼女が小さくクスリと笑いながら
「ええ、きっと貴方は私を知らないと思うわ。でも、私は知っているの。貴方が坂の下の珈琲屋さんで……そう足の短い犬がいる店よ。わかるでしょ?そう、そこで貴方がコーヒーを注文したところまでは知っているのよ」
僕は急にくだけた笑顔で喋り出す彼女に少しだけびっくりしたのと“あぁ、なるほど”と云う気持ちをカフェオレのようにかきまぜながら、会話を続けることにした。