『妄想介錯人』
「君もあの店に居たのかい?」
「ええ、隣に座っていたのよ」
僕は無駄な事だと解ってはいたものの、いちをは礼儀だろうとちょっと前の自分を思い返してみた。
だが、やはり憶えはなく、そして徒労に終わるのだった。
「まったく、気付かなかったよ。ひと足先に店を出て、この店にいたら僕も入って来たと。そういう訳かな?」
「ええ、そう。だから、私は貴方を知っているの」
「ふぅん。なるほど」
煙草の煙を吐き出したかった僕は、ついそっけない返事をしてしまったと後悔した。
それでも彼女は、構わず続けたのだが……
「でもね、訊いて。私達、未来で会ってるのよ」
僕は突然の突拍子もない申し出に思わず“えっ”と云う顔を出さずにはいられなかった。
そして、彼女は更に続けた。
「そう。未来でね。貴方は刑事さんなの」
「刑事?」
「そう。そして私は、犯人なの。というより、貴方は私を犯人と思い込んでいるの。そして私を追いかけるのよ」
ちょっとイタズラそうに笑いながら、両手を組んで両肘を着き、顎の下へと置いた彼女を何故か微笑ましく思った。