好きって言えたらいいのに

6

　ヘイちゃんにメッセージを送ろうと何度もスマホのアプリを開いたけれど、何をどう伝えればいいのかわからなくて、画面を閉じた。
　直接顔を見ないとなんだか不安だった。

「おじさん、ヘイちゃんいる？」
　帰り際、思いきって魚富に寄ってみた。おじさんが2階を指差して、ため息をついた。
「ありゃあ、今日はだめだ。何があったかは知らねえが、酒飲んでポンコツになってるよ。」
　ヘイちゃんはこんな時間からお酒を飲むような人じゃない。私はさらに心配になった。
「おじさん、私、様子見てきていいかな？」
　私は自分の胸に手を当てて不安な気持ちを抑えつつ、おじさんにそう懇願した。

　静かに一歩一歩階段を上る。
　店先や外では仲の良い幼馴染でも、部屋まで赴くのは実に10年振りだった。
　入ってはいけないヘイちゃんの内側に足を踏み入れている気がして、何度も踏み留まりそうになった。
　だけど、ヘイちゃんに会いたい気持ちが私の両足を動かした。

　ヘイちゃんの部屋をノックする。もう後戻りはできない。
「ヘイちゃん…？」

　ドアが開いたことに気づき、ほっと息をついたのも束の間、薄暗い部屋から現れたヘイちゃんに腕を捕まれ、抱き寄せられた。
　そのまま2人、床に座り込む。
　ドアが閉まり、ヘイちゃんの部屋の中、2つの吐息だけが重なった。

「…かさね、なんで来たの？」
　耳元で密やかに聴こえたその声に、胸の高鳴りが抑えられなくなる。

「俺、今弱ってるから、こんな時に来ちゃだめだよ。」
　そう言いながらも、ヘイちゃんは私を強く抱き締めた。

「…ヘイちゃん。」
　私が顔を上げると、間近に迫るヘイちゃんの瞳の中に自分の姿がはっきりと映り込んでいた。
「ここで縋ったら、俺ズルいよな。」
「…いいよ。そのために来たんだから。」
　私はヘイちゃんの腕をギュッと掴んで、微笑んだ。

「お前、『いい女』になったよ。…ごめんな。今日だけ、今日だけ甘えさせて。」

　私たちはそれから何も言わず、ただ抱き締め合った。