好きって言えたらいいのに
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仕事を終え、いつもの居酒屋に入ると、夏葉が元気よく手を振って場所を教えてくれた。
そちらに向かうと、正太郎もこちらに気づいて振り返る。
「お疲れー。遅かったから先に始めちゃってるよ。」
「ごめん、ごめん。月末でちょっと忙しくて。」
笑いながら上着をたたみ、夏葉の隣りに座った。
「みんな忙しいのに、ごめんねー。旦那が子どもを連れて実家に泊まるって言うからさあ。こんな時でもないと2人に会えないから。」
夏葉がそう言いながら私にメニューを差し出してくれた。
夏葉は『関根夏葉』から『石川夏葉』に変わり、もう5年が経った。4歳になる女の子の立派な母親だ。
「かさね、何飲む?俺もおかわりするから一緒に頼もう。」
正太郎に促されて、生ビールを頼んだ。
正太郎に呼ばれた女子大生くらいの店員さんが、注文を取りながら正太郎を呆けて見ているのがわかった。
無事に夢を叶えて美容師となった正太郎は、現在原宿のお店で働きながら、自分の店の開店資金を貯めるために、ヘアメイクアーティストとしてダブルワークをしている。昔から一緒にいる私や夏葉は、特に何も感じていないが、実のところ相当モテているようである。
「正太郎はどうなの?彼女とか。」
届いたビールで乾杯をしてから、なんとなく尋ねてみた。
夏葉もそういう話題に飢えているらしく興味津々だ。
「忙しくてそれどころじゃないよ。この前テレビ番組のヘアメイクに駆り出されたんだけど、あの業界時間にルーズ過ぎ。」
正太郎がため息をついて「もう、お肌もボロボロ」と言うので、私たちは笑ってしまった。