好きって言えたらいいのに
第六章 ふたりの気持ち
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それから数日間、世の中は『F-watch』解散の話題で持ちきりだった。
電撃発表のあと、『F時計』も番組終了を告げ、最後の公演にあたる武道館でのコンサートは、その様子がテレビの音楽番組で生中継された。
私はと言えばいつもと同様のルーティーンの中で、特に変化のない平穏な生活を送っていた。
今朝も目を覚ますと、なんとなく壁に目を向けて、それから立ち上がる。
着替えを済ませ、階段を降りて、お母さんとおばあちゃんに挨拶をしてご飯を食べる。身支度を整えて、開店準備中のお父さん、お姉ちゃん、お義兄さんに声をかけたら、職場へと向かう。
そう、いつも通り。
そこまではいつも通りだった。
「おはよう、かさね!」
魚富に、ヘイちゃんがいた。
「…え?なんで…?」
お店の前掛けをつけて、髪もボサボサで、おじさんみたいなヘイちゃん。
…素のヘイちゃん。
体が急激に熱くなった。
頬があっという間に紅潮する。
心臓の音で他のどんな音も聞こえなくなる。
私は逃げた。
「え?…ちょっと、かさね?!」
怖かった。
再会しただけで、こんなにも感情が乱されるなんて思いもしなかった。
気づいてしまった。
私、やっぱりヘイちゃんしかいらない。
どうしよう…。
「かさね!」
人通りの少ない小路に逃げ込んだところで、私の手はヘイちゃんによって掴まえられてしまった。
「お前、なんで…おっさんを…敬えよ。」
ヘイちゃんが息も絶え絶えに私を見る。
「…ヘイちゃん、帰ってきたの?」
それを伝えるだけで、精一杯だった。
何をどう話したらいいのか、もう何も考えられなかった。