好きって言えたらいいのに
2
「…ただいま。」
ヘイちゃんが私の手を強く握ったまま笑う。
「おかえり…。」
どんな顔をしていいかわからず、私は俯いた。
「店の準備、投げ出してきたからおやじ怒ってるかもな。」
ヘイちゃんが苦笑した。
「あのさ。かさね、こっち見て?」
促され、見上げる。ヘイちゃんの瞳に私がはっきりと映った。
「俺、もうアイドルじゃない。魚屋のおっさんだ。しかも、またイチから修行の身だ。」
ヘイちゃんが私の手を強く握り締めた。
「だけど…、こんなわがままばかりの俺だけど…、俺のそばにいてくれないか?」
一瞬、風が吹いた気がした。現実に引き戻されるような冷たい風だった。
17歳の私なら、ここで躊躇いなく頷いていただろう。でも私はもう…27の『女』だった。
私は自分の尖ったヒールを見つめた。
「…もう都合のいい関係はできない。私、もう10年前にヘイちゃんに振られてるんだよ。」
言葉がほしかった。
確証を持てる言葉がほしかった。
自分がヘイちゃんにとって特別なんだと自信が持てる言葉が。
ヘイちゃんが片膝を折り、私を見上げた。ヘイちゃんの真剣な眼差しに胸が苦しくなる。
「かさねが好きだ。結婚してほしい。」
涙が零れた。
頭で考えるよりも早く、言葉が自然と溢れ出た。
「私も…。ヘイちゃんが好き。」
私たちは、ずっと言えなかったそのひと言を互いに伝え合い、抱き締め合った。