好きって言えたらいいのに
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「…。」
「…えっと、田中くんだっけ?うちこの商店街の中で、もうすぐだから…。」
なぜか私は今、先ほどの眼鏡男子…田中君とやらを家まで案内していた。
ケンカを始めた夏葉と中学の同級生という石川君を横目に、田中君が直接うちのお父さんに頼みたいと、半ば強引についてきたのだ。
みんな文化祭に熱いなあ。私はそこまでがんばれないなあなんて考えながら、恐ろしいくらい無言でついてくる田中君に、引き攣った笑顔を向ける。
「…。」
田中君が急に足を止めた。
「…田中君?え?」
突然田中君に腕を強い力で掴まれる。
引っ張られて身体が傾く。
「え?!何…?」
「陣野かさねさん!ずっと君が好きだった!俺とつき合って!」
顔を真っ赤にして私を引き寄せる田中君。
突然のことに怖くて反射的に抵抗を強めた。
強すぎる力で腕が痛い。
ここ、商店街だし、うちの近くだし、みんな見ているし。
恥ずかしい。
どうしたらいいかわからず目を瞑る。
「うちのかさねに何してくれちゃってるの、君?」
声がした。
縋る気持ちで見上げると、パーカーのフードをかぶりサングラスを掛けた白いジャージ姿の男がこちらを見据えていた。
「ヘイちゃん…。」
ヘイちゃんだ…。
突然現れた男に驚いた様子の田中君が腕の力を弱めた。
私は田中君から離れて、咄嗟に頭を下げる。
「…ごめん、田中君。私、…大事な人がいるから田中君とはつき合えない。」
田中君はまだ何か言いたそうだったけれど、周囲の視線を感じ取り、
「…ごめん。」
とだけ言って、雑踏の中に姿を消した。
掴まれた腕の感覚がまだ残っていて、私は自分の手首を握り締めた。
告白されるのなんて初めてで、喜んでいいことのはずなのに、なんだかとても怖かった。
「…。」
「かさね、こっちにおいで。」
ヘイちゃんがサングラスを外して微笑んでいた。
頭を撫でられ、頬っぺたを摘ままれる。
「かさねも青春しているんだなあ。稽古が早く終わったから、一旦戻ってロードワークしていたんだけど、おっさん邪魔じゃなかった?」
摘ままれたままの頬が熱を帯びる。
その笑顔に胸が高鳴る。
私をこんなにするのは、昔も今もヘイちゃんだけだ。
「…ありがとう、ヘイちゃん。」
私は子ども扱いされたことに口を尖らせ拗ねたような態度をとりつつも、小さな声でヘイちゃんにお礼を述べた。