春色カレンダー ~31日の青春~
3月9日(月) 卒業式とストロー
卒業式は泣きはしなかったけれど、思っていたよりしんみりした気分になった。周りの雰囲気もあったのかもしれない。
最後のホームルームが終わると、皆教室に残って写真を撮ったり、卒業アルバムの最後のページにメッセージを書き合ったりしていた。
私も席が近い子達や体育でペアを組んでくれた子達、お弁当を一緒に食べようと誘ってくれた子達、修学旅行の時に班に入れてくれた子達と一緒にそういう最後の記念を残して、ほどほどのところで誰にも挨拶をせずにそして誰にも気づかれずに教室を出た。
毎日様々な気持ちを抱えて歩いた廊下を進み、昼休みや放課後にはおしゃべりやメイクにいそしむ女子達で混雑していたトイレを通り過ぎ、毎日重いカバンを持って昇った階段を降りる。うちの高校は土足なので玄関に靴箱はなく、そのまま狭い校庭に出て、校舎を振り返る。
この学校は好きではなかったけれど、嫌いでもなかった。行きたいとも行きたくないとも思ったこともない。そんな味気ない感情しかないけれど、それなりに好きな場所や風景があったし、自販や購買に売っているとテンションが上がるお気に入りのドリンクやパンもあった。基本的にはお弁当を持ってきていたから作れなかった時だけ購買に行っていた。
───結局学食には一回も行かなかったな。値段もちょっと高かったし、一人で食べてるとまた心配されたりするかなと思うと・・でも最後に記念で行っておけばよかった。
学食のことはともかく、ここでたくさんお世話になったことは確かだ。校舎に向かって心の中で『ありがとうございました。』とお礼を言って軽く頭を下げる。
校門に向かう途中、校庭の一角に早咲きの桜が咲いていた。今日は風が強く、風が吹くとほぼ白に近い色の花びらが1枚1枚に想いを乗せるようにして空に舞った。儚く美しいその姿に背中を押されるように校門を出た。
電車に乗ってスマホを見るとカヤくん・・・、蒼大からのメッセージはなかった。まだ終わってないのかな?別れを惜しむ友達と遊ぶことになったのかもしれない。そうだったらどうしよう。ドリンクは一人で飲みに行こうか。そうだ、別に今まで一人だったわけだし。
それなのになんだか胸がすごく痛くて切なかった。出会って一週間の、まだ知らないことだらけの人にどうしてこんなに想いを馳せてしまうのだろう。こんなこと、彼には絶対に知られたくない。
そのままメッセージを送れないでいると、彼の方からメッセージが来た。
『今どこ?俺はもうすぐ最寄り駅に着く。』
彼も一人なことにすごくホッとしてそんな自分が嫌になった。
『今、学校の駅出たところ。あと20分くらいで最寄り駅に着くよ。ごめん待たせちゃうね。』
そう打ち込んで『今向かってます。』と言いながら歩いているペンギンのスタンプを押すと、すぐに『了解。ゆっくり来たらいいよ。』と返ってきた。彼はスタンプを使わないタイプなのだろうか。
急いで地下鉄の階段を昇って地上に出ると、出てすぐの周辺案内地図のところで彼が待っていてくれた。
「急がなくていいって言ったのに。」
そう言ってスマホをポケットにしまう。
「ごめんね。待たせちゃって。行こ?」
ドリンクのお店で値段を見て驚く。一番安いノーマルなものでも想像していた倍の値段だった。
「・・・皆、こんな高いのしょっちゅう飲んでたんだ・・・。」
思わず口に出してしまう。
「じゃ、俺が買うから一緒に飲もう。」
「あっ、そういう意味で言ったんじゃなくて・・・。」
彼はノーマルなドリンクをひとつ注文した。
「後ろ、並んでるから早くしないとだろ。」
言われてみると後ろには同じ年代の子達がたくさん並んでいて、それぞれおしゃべりに花を咲かせていた。
ドリンクを受け取った彼の反対側の腕をとると、その手のひらにドリンク代の半額を乗せる。
「い、いいのに・・・。」
彼が少し戸惑っているようなので見てみると、かなりがっつりと彼の手を掴んでしまっていることに気がついた。
「ご、ごめん。あの、天気いいし、川沿いの公園歩きながら飲まない?」
慌てて手を離すと彼の答えを聞く前に歩き出した。
公園に着くと彼がドリンクを差し出してくれる。
「先、いいよ。」
「え、あ、ありがとう。」
受け取りながら重大なことに気がつく。
───ドリンクを分けるってどうやって・・・?タンブラーとか持ってないし・・・。私ストローに口つけちゃっていいの!?
ストローを見つめていると『どうした?』と覗きこんでくる。
「う、ううん。いただきます。」
一口飲んで『は、はい。』と渡すと彼も私が使ったストローで一口を飲む。
「あー意外に甘ったるくないんだな。」
「このドリンク、うちのお母さんが若い頃も流行ったみたいよ。」
───同じストローで飲むって普通のこと、なんだろうか・・・。
ドキドキしながら彼を見上げる。
「時代は繰り返すんだな。はい。」
再びドリンクを手渡されて焦る。
「あ、私はもういい!」
「え!?飲みたかったんだろ?」
「その・・・制服でこれ飲むのやってみたかっただけ。私、もっと甘い方が好みだから。」
「じゃあ尚更金いらないよ。」
「それはいいから!」
彼がお財布を出そうとするので、少し先にある川の方に出っ張った広場のようなところまで走り、欄干を掴んで川の方を見る。水面がキラキラと輝いている。
「おい、待てって。」
彼が追い付いて来る。
「風強いけど天気良くて良かったね。お日柄もよく、いい門出だ。」
そう言うとザッと風が吹いた。
「うっ、でもちょっと風強過ぎかな??」
振り返るとこちらを見る彼の頬が少し染まっているような気がした。
「・・・卒業記念の写真でも撮る?」
少し疑問に思いながら提案すると彼がうなずく。
二人で並んでスマホのカメラを見るとぐいっと彼の方に引っ張られる。
「もっと近くに来ないと写らないだろ?」
体が触れてわかりやすく胸が高鳴る。鼓動に同期して体が震えそうになって足を踏ん張った。懸命に笑顔を作ろうとしたが、戸惑った顔のまま写真におさまったに違いない。
最後のホームルームが終わると、皆教室に残って写真を撮ったり、卒業アルバムの最後のページにメッセージを書き合ったりしていた。
私も席が近い子達や体育でペアを組んでくれた子達、お弁当を一緒に食べようと誘ってくれた子達、修学旅行の時に班に入れてくれた子達と一緒にそういう最後の記念を残して、ほどほどのところで誰にも挨拶をせずにそして誰にも気づかれずに教室を出た。
毎日様々な気持ちを抱えて歩いた廊下を進み、昼休みや放課後にはおしゃべりやメイクにいそしむ女子達で混雑していたトイレを通り過ぎ、毎日重いカバンを持って昇った階段を降りる。うちの高校は土足なので玄関に靴箱はなく、そのまま狭い校庭に出て、校舎を振り返る。
この学校は好きではなかったけれど、嫌いでもなかった。行きたいとも行きたくないとも思ったこともない。そんな味気ない感情しかないけれど、それなりに好きな場所や風景があったし、自販や購買に売っているとテンションが上がるお気に入りのドリンクやパンもあった。基本的にはお弁当を持ってきていたから作れなかった時だけ購買に行っていた。
───結局学食には一回も行かなかったな。値段もちょっと高かったし、一人で食べてるとまた心配されたりするかなと思うと・・でも最後に記念で行っておけばよかった。
学食のことはともかく、ここでたくさんお世話になったことは確かだ。校舎に向かって心の中で『ありがとうございました。』とお礼を言って軽く頭を下げる。
校門に向かう途中、校庭の一角に早咲きの桜が咲いていた。今日は風が強く、風が吹くとほぼ白に近い色の花びらが1枚1枚に想いを乗せるようにして空に舞った。儚く美しいその姿に背中を押されるように校門を出た。
電車に乗ってスマホを見るとカヤくん・・・、蒼大からのメッセージはなかった。まだ終わってないのかな?別れを惜しむ友達と遊ぶことになったのかもしれない。そうだったらどうしよう。ドリンクは一人で飲みに行こうか。そうだ、別に今まで一人だったわけだし。
それなのになんだか胸がすごく痛くて切なかった。出会って一週間の、まだ知らないことだらけの人にどうしてこんなに想いを馳せてしまうのだろう。こんなこと、彼には絶対に知られたくない。
そのままメッセージを送れないでいると、彼の方からメッセージが来た。
『今どこ?俺はもうすぐ最寄り駅に着く。』
彼も一人なことにすごくホッとしてそんな自分が嫌になった。
『今、学校の駅出たところ。あと20分くらいで最寄り駅に着くよ。ごめん待たせちゃうね。』
そう打ち込んで『今向かってます。』と言いながら歩いているペンギンのスタンプを押すと、すぐに『了解。ゆっくり来たらいいよ。』と返ってきた。彼はスタンプを使わないタイプなのだろうか。
急いで地下鉄の階段を昇って地上に出ると、出てすぐの周辺案内地図のところで彼が待っていてくれた。
「急がなくていいって言ったのに。」
そう言ってスマホをポケットにしまう。
「ごめんね。待たせちゃって。行こ?」
ドリンクのお店で値段を見て驚く。一番安いノーマルなものでも想像していた倍の値段だった。
「・・・皆、こんな高いのしょっちゅう飲んでたんだ・・・。」
思わず口に出してしまう。
「じゃ、俺が買うから一緒に飲もう。」
「あっ、そういう意味で言ったんじゃなくて・・・。」
彼はノーマルなドリンクをひとつ注文した。
「後ろ、並んでるから早くしないとだろ。」
言われてみると後ろには同じ年代の子達がたくさん並んでいて、それぞれおしゃべりに花を咲かせていた。
ドリンクを受け取った彼の反対側の腕をとると、その手のひらにドリンク代の半額を乗せる。
「い、いいのに・・・。」
彼が少し戸惑っているようなので見てみると、かなりがっつりと彼の手を掴んでしまっていることに気がついた。
「ご、ごめん。あの、天気いいし、川沿いの公園歩きながら飲まない?」
慌てて手を離すと彼の答えを聞く前に歩き出した。
公園に着くと彼がドリンクを差し出してくれる。
「先、いいよ。」
「え、あ、ありがとう。」
受け取りながら重大なことに気がつく。
───ドリンクを分けるってどうやって・・・?タンブラーとか持ってないし・・・。私ストローに口つけちゃっていいの!?
ストローを見つめていると『どうした?』と覗きこんでくる。
「う、ううん。いただきます。」
一口飲んで『は、はい。』と渡すと彼も私が使ったストローで一口を飲む。
「あー意外に甘ったるくないんだな。」
「このドリンク、うちのお母さんが若い頃も流行ったみたいよ。」
───同じストローで飲むって普通のこと、なんだろうか・・・。
ドキドキしながら彼を見上げる。
「時代は繰り返すんだな。はい。」
再びドリンクを手渡されて焦る。
「あ、私はもういい!」
「え!?飲みたかったんだろ?」
「その・・・制服でこれ飲むのやってみたかっただけ。私、もっと甘い方が好みだから。」
「じゃあ尚更金いらないよ。」
「それはいいから!」
彼がお財布を出そうとするので、少し先にある川の方に出っ張った広場のようなところまで走り、欄干を掴んで川の方を見る。水面がキラキラと輝いている。
「おい、待てって。」
彼が追い付いて来る。
「風強いけど天気良くて良かったね。お日柄もよく、いい門出だ。」
そう言うとザッと風が吹いた。
「うっ、でもちょっと風強過ぎかな??」
振り返るとこちらを見る彼の頬が少し染まっているような気がした。
「・・・卒業記念の写真でも撮る?」
少し疑問に思いながら提案すると彼がうなずく。
二人で並んでスマホのカメラを見るとぐいっと彼の方に引っ張られる。
「もっと近くに来ないと写らないだろ?」
体が触れてわかりやすく胸が高鳴る。鼓動に同期して体が震えそうになって足を踏ん張った。懸命に笑顔を作ろうとしたが、戸惑った顔のまま写真におさまったに違いない。