春色カレンダー ~31日の青春~
3月24日(火) 予告と季節
今日は小学生の従兄弟達が春休みで泊まりに来ていた。夕飯後彼らが風呂に入っている間、母さんは彼らの母である叔母さんといつも通りの長電話をしていて、俺はリビングで弟と一緒にバラエティ番組を観ていた。間のCMでドラマの予告編が流れる。濃厚なキスシーンで、気まずい。

一昨日のことを思い出す。俺にとって初めてのキス。唇が離れてから、気持ちが溢れて仕方がなくて、両手でぎゅっと爽乃を抱きしめた。彼女の顔が俺の右肩にあった。彼女の顔が発する熱が、今は触れてはいないのに空気を通して伝わってきた。

「・・・ごめん、嫌だった?」

そう聞くと彼女が首を横に振った。その瞬間心の中のゲージは木っ端微塵に砕け散って、俺はゆっくり寝返りをうって彼女の頭をクッションに乗せて、その上に覆い被さる姿勢になった。プラネタリウムの光しかない部屋の中で少し不安そうな眼差しを俺に向けてくる。

───好きだ。

俺は完全に確信した。俺はずっと爽乃のことが好きだったんだ。初めて感じたこの気持ちは正真正銘、恋だ。

その気持ちを伝える前にもう一度彼女に触れたくてたまらなかった。今度はもっと長く・・・。彼女の頭の両側に手をついたまま、俺は彼女に近づいていった。あと一秒で触れる、という瞬間、彼女が目を閉じた。

その時、玄関で『ガチャッ。』という音がした。



「ねー、にーちゃん。」

弟がテレビ画面を見たまま話しかけてきて、一瞬で回想から現在に戻る。

「な、何?」

「なんでキスするの?汚くね?」

弟の唐突な質問に、何の液体も口に含んでいないのに『ブーッ!』と吹き出してしまいそうになった。こいつは、電車にしか興味がないんじゃなかったのか?今日だって、従兄弟達と電車の博物館に行き、マニアックな知識を惜しげもなく披露していたではないか。興味というか、子供特有の素朴な疑問だろう。そうであってくれ。

「そ、それは人が人を好きになると、唇と唇を合わせたくなるんだよ。何も考えられなくなって・・・自然と吸い寄せられるんだ。それに好きな人だと汚いとか感じないよ。」

「へー、にーちゃんもするんだ。」

弟が画面から目を離して意外そうに俺の方を見た。

「お、俺のことじゃない!!デカにーちゃんが言ってたんだよ。結婚式で奥さんとすると思うよ。」

デカにーちゃんとは兄貴のことだ。弟と兄貴は16歳も離れているから弟が物心ついた時には兄貴はもう大人だった。

「デカにーちゃんならしてそうだね・・・あ、始まった。」

CMが終わり番組が始まってホッと胸を撫で下ろした。画面の中ではMCに突っ込まれたお笑い芸人が大袈裟なリアクションをとっているが、俺の意識は自然と一昨日に舞い戻っていた。



『え?何で!?帰ってくるのは夕方って・・・!?』一瞬何が起こったかわからなかった。爽乃も飛び起きておろおろしていた。急いで玄関に彼女の靴を取りに行く途中リビングの前を通ると、『ただいま。』と母さんに声をかけられたが、とにかく玄関に急いだ。

彼女が履いていた黒のキャンパススニーカーは俺も似たようなものを持っていたし、疲れていて荷物も多かったからなのか家族は客が来ているとは気づかなかったらしい。再びリビングの前を通る時、靴を後ろに隠しながら平静を装って母さんに声をかけた。

「・・・お帰り。早かったな。」

「お昼御飯食べに行こうと思ってたお店が臨時休業だったのよ。仕方ないから帰り道の途中にあるお店に寄ったら、ラッシュに巻き込まれず早く帰れたの。お土産あるわよ。」

「あ、後でもらう。」

そのまま横歩きで自分の部屋まで戻り爽乃に靴を渡し窓を開けて促すと、彼女はひどく困惑した様子で慌てて帰っていった。ものすごくいけないことをしてしまった気がしたけれど、俺はそれ以上に興奮していた。



でも、彼女に『好きだ。』と伝えることができなかった。電話ではなく直接伝えたい。昨日は爽乃が親の代わりに町内会の祭りの準備を手伝いに行っていたし、俺は明日は今日同様従兄弟達に東京を案内するから、明後日にでも・・・。



爽乃がくれた皿を母さんはたいそう気に入って、早速その日の夕飯のおかず───旅行のお土産で買った総菜───を乗せていた。その写真を撮って爽乃に送った。

皿の大きさは前と同じくらいのもので、割れた100均の皿の縁には何種類かの水彩タッチの花が繰り返し描かれていたのだが、爽乃がくれた皿には同じタッチで右上の縁には桜や菜の花などの春の花、右下にはひまわりや朝顔などの夏の花、左下にはコスモスや菊などの秋の花、左上には椿や水仙などの冬の花というように、時計回りに四季の花がぐるっと咲き誇っていた。

今は桜の季節。彼女に正式に告白して、もし恋人になれたなら、次の夏も秋も冬もずっと二人で一緒に過ごせるのだろうか。
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