奴隷市場

第四話 観察


 夕花は、朝の6時に目が覚めた。二日目の夜も何もなかった・・・はずだ。今までとは違う柔らかいベッドで寝ていた。白く綺麗な天井。カーテンから差し込む優しい光。すべてが、しばらく感じられなかった物だ。そして、自分が”奴隷”として六条(文月)晴海に買われたのを思い出した。

(昨日も、何もされなかった)

 2日連続だと自分に魅力がないのかと思えてしまう。
 夕花は、ベッドからゆっくり起き出した。夕花は、控室にあるベッドに入る時に、晴海から呼び出された時の為に、下着を脱いで寝ていた。寝る時に脱いだ下着を見つめてから、新しい下着を手にした。どうしたらいいのか考えてから、下着を身に付けた。”性奴隷”になることも承諾しているので、怖くはあるが構わないと思っている。出来るなら、晴海にだけにしてほしいという気持ちはある。
 寝る前に見せた晴海の表情を思い出して、不遜にも可愛いと思ってしまったのは自分の胸の中に締まっておこうと思った。

(そう言えば、晴海さんから渡された情報端末・・・)

 二日前に渡された情報端末を見る。
 夕花は詳しくはないが、最新機種で最上位機種ではないかと思っている。持った感じが、今まで自分が使っていた情報端末とは違っている。操作したときの反応も快適で反応も早い、なにもかもが違う。新しいおもちゃを与えられた子供のように、夕花は情報端末を操作した。
 登録している連絡先は、主人である晴海の端末だけなので、メッセージの確認は後回しにした。

(晴海さんが、メッセージを・・・。そんな事はないよね?)

 メッセージアプリを起動した。初めての起動だったので、発信素子を使った認証と生体情報コードが必要になる。上位機種では、個人情報をしっかりと守られる仕組みになっている。
 発信素子の認証は、晴海が行ってくれている。

(全部のアプリは必要ないけど、必要になりそうなアプリは認証を通しておいた方がいいわよね)

 夕花は、必要になりそうな地図アプリや撮影アプリや同期アプリを有効にする。認証が必要になったが、方法は晴海に聞いていたので、夕花もなんとか認証を通せた。特に、同期アプリは行政機関との連動に必須になってくる。奴隷である夕花には必要にならないが、晴海の情報端末との連動には必要になるので、認証を通した。
 メッセージアプリの認証、生体認証と連動させる必要がある。夕花の奴隷以前に使っていた生体認証コードは破棄されている。
 勝手に、生体認証コードを取得するのはまずいと考えて、晴海が起きてから相談することにした。

(え?)

 サイドテーブルの上にメモが置かれていた。

”夕花。生体認証コードを置いておきます。必要になるでしょうから使ってください”

 そこには、たしかに生体認証で必要になるチップが置かれていた。チップは封が切られていて、生体認証コードが入っている状態なのが解る。

(どうやって?)

 夕花は、疑問に思った。
 生体認証コードの取得には、チップに血液や唾液を使って生体情報を取得してから、コード発行を依頼しなければならない。一般的な方法は、チップを口の中に含んで2-3分、待っていれば生体認証コードが取得出来る。

 チップを持ち上げると、もう一枚のメモが有った。

”夕花の生体情報は使っていないので、このチップを使っても、夕花の所在は解析されません。私の情報でもないので安心してください”

(え・・・。でも、晴海さんからの指示ですから・・・)

 夕花は、情報端末にチップを組み込む作業を行う。初めてだったが、すんなりと出来て、生体認証コードが情報端末に組み込まれた。

 メッセージアプリの認証を通す作業を行った。

(え?)

 夕花の情報端末に、メッセージが大量に届き始める。奴隷になったので失効したと思っていた資格の再発行の手続きが終わったという知らせだ。自分でも覚えていない資格もあるが、これから必要だと思える資格が使えるようになったのは素直に嬉しい。

(晴海さんが手を回してくれたの?私のため?違う。晴海さんの目的の為に、私の資格が、スキルが、必要なのだ!)

 必要とされた可能性を考えれば素直に嬉しかった。

 最新のメッセージは、晴海からの物だった。

”夕花。今日は昼まで寝るので、起こさないでください。外に出る以外なら好きに過ごしてください。お腹が減ったらルームサービスで好きな物を取り寄せてください。できれば、自動配膳の料理を選んでくれると嬉しいです。愛おしい夕花へ、旦那より”

 最後の一言が全部を台無しにしている感じがした。メッセージの指示だとしたら、時計を見てまだ昼までかなりあり、時間を持て余す状況になってしまった。
 好きなことと言われても何も思いつかないのだ。情報端末で、世間の情報を見てみるが、奴隷の自分には必要がない情報ばかりだ。

(晴海さんのことを知りたい)

 夕花は、一人で居るといろいろ思い出してしまうので、晴海と一緒に居たかった。なぜだか自分でもわからない。晴海なら自分を殺してくれると思えた。

 ローテーブルに置かれたメモをそっと情報端末のケースに挟んだ。なぜか、捨てたくなかったのだ。
 自分の物など、身体と心以外には何も持たなくなってしまったが、このメモは奴隷市場に連れてこられてから初めて自分の物だと思えた。

 夕花は、晴海からのメッセージを読み直して、”好きに過ごしてください”という言葉の通りに、自分が望む行動を起こすことにした。

 そっと主賓室の扉を開ける。晴海がベッドの上で寝ているのを確認して、控室に戻る。
 控室で、下着とガウンを脱いで全裸の格好になってから、晴海が寝ている布団の中に潜り込む。大きなベッドは、二人が寝ても余裕なのだ。夕花は、ドキドキする心臓を抑えながら晴海の近くに行く。起こさないように、心臓の音が聞かれないように、ゆっくりと移動する。

「うぅうぅん」

 晴海が寝返りをうった。晴海もガウンは着ていない。ウィスキーが効いたのか、寝るときにガウンを脱いで下着も脱いで全裸の状態で横になった。そんな状況なのを知らない夕花は寝返りで真正面に晴海の顔を見える位置になってしまった。寝ている晴海に見られるわけはない。布団をかけているのでお互いに顔しか見えない位置だ。
 全裸でいる状況が異様に恥ずかしく思えてしまった。

 そして、自分の主人で、旦那をまじまじと見てしまった。
 手を伸ばせば届く距離で、晴海の顔を正面から見つめる。

(まつげが長い。それに・・・。フフフ。可愛い顔。さぞモテたでしょうね。髪の毛も、自毛だよね?こんなにサラサラで銀に近い色なんて・・・)

(寝ているから目が見られないのが残念。左右の目の色が違っていた・・・。金銀妖瞳(ヘテロクロミア)だっけ?左目が黒で右目が青?逆?でも、すごく綺麗だった)

(身長は、僕よりも高いから、170くらい?もう少しあるのかな?筋肉質ではないけど、均整の取れた体格をしているよね?何かスポーツをしていたのかな?)

(経験がないって?本当?キスも?それとも・・・。なんで、僕を買ったの?殺してくれるの?目的は?結婚までして・・・。なんで?)

 夕花は、晴海を観察しながら、今まで感じてきた疑問を思い浮かべている。

 夕花は、いつの間にか眠ってしまっていた。

 夕花が起きたときには、横で寝ていた晴海は居なかった。布団がしっかりとかけられていて、ベッドの真ん中で寝かされていた。控室に戻って、下着と服を身に着けてリビングに向かう。

「もうしわけございません。晴海さん。寝てしまいました」

「うん。夕花?寝るのはいいけど、あの格好で寝るのは止めてね。驚いて、襲ってしまいそうになったよ」

「え?あっ・・・。もうしわけございません」

「うん。もういいよ・・・。ん?」

 夕花は、自分が全裸で寝ていたのを思い出した。晴海の言葉から、見られたと思ったのだ。襲ってくれても良かったと思ったが口には出さなかった。夕花が口にしたのは別の言葉だった。

「晴海さん。今日から、一緒に寝ていただけませんか?」

 晴海は、夕花が真剣な表情で何を言い出すのか見紛えたが、晴海の予想の埒外の言葉に驚いてしまった。

「いいけど、いつまで僕が我慢できるかわからないよ?」

 冗談を言いつつたしなめるつもりだったが、夕花の言葉は違っていた。

「はい。大丈夫です。一人は嫌なのです」

「わかった。でも、下着は付けるのですよ?」

「え?あっ・・・。はい」

 夕花が、顔を赤くして俯いたのを見て、晴海は言いすぎたかと思ったが、夕花は今日も全裸で布団に入るつもりで居たのだ。

「うん・・・。あ・・・。まぁ・・・。また夜に話そう。それよりも、せっかく起きたのだから、ご飯にしよう。丁度、今から注文しようとしていた所だ。僕の可愛い奥さんの好きな食べ物を教えてくれると嬉しいな。ほら、夕花。横に座って、一緒に選ぼう」

「・・・。はい」

 夕花は、言われたとおり、ソファーにすわる晴海の横に座った。奴隷の自分がいいのかと思ったが、晴海が望んでいるのは、普通にして過ごす日常なのだろうと、晴海の指示に従うと決めたのだ。
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