『封魔の城塞アルデガン』
第2部:洞窟の戦い

第1章:洞窟上層その1

 真昼の光を浴び赤毛を風になびかせながら、アラードはリアとゴルツとともに洞門の前の砂地に立っていた。アラードは体格に合わせた軽い鎧、リアは皮で補強された胴着、ゴルツはラーダの紋章が入った長衣に軽い皮の胸当てという着慣れたいでたちだったが、三人ともその上から灰色のマントをはおっていた。それは魔物に見つかりにくくなる隠形の呪文がかけられたものだった。彼らはこれから困難な、ほとんど絶望的な探索へと赴こうとしているのだ。
 だが、アラードはいまだに気持ちの整理をつけられずにいた。これまでのなりゆきが何度も心の中をめぐるばかりだった。



 あのとき集会所で、祭壇に眠るリアの意識を探ったゴルツは、アルデガンに侵入した吸血鬼が洞窟に戻っていると告げた。
 そして驚くべきことに、ゴルツ自身がこれを滅ぼすため洞窟へ赴くといったのだ。
 あまりに危険なこの案に多くの者が反対した。とりわけグロスはこれをなんとか翻意させようとした。もしゴルツが斃れることになればアルデガンはどうなるのかと。そのような危険を冒さずとも敵がまたアルデガンへ侵入しようとしたときに水際で倒せばよいではないかと。
「ならぬ! それではアルデガンに住む者すべてを危険にさらすことになる」
 ゴルツは譲らなかった。
「洞窟で戦うならわしが斃れたところで犠牲は一人。だが水際で食いとめられずに侵入を許し、出会う者を片端から牙にかけられたらなんとする! たちまちアルデガンそのものが瓦解するではないか」
 これには誰も反論できなかった。

「吸血鬼を滅ぼすには解呪の技を使うしかない。しかも居場所を探るには探知の秘術も欠かせぬ。この両方を使うことができる者はわししかおらぬ」
「では、せめて護衛を!」
「護衛が勤まるような者はもはやいくらもおらぬ。誰一人欠かすことのできぬ者ばかりじゃ。それに騒ぎになれば敵に感づかれてしまう。他の魔物とはいっさい戦わずに吸血鬼のもとへ赴くしかない。わしがリアを伴い二人でゆく」
「私もいきます!」
 アラードは立ち上がった。
「ならぬ。足手まといじゃ」
 いい放つゴルツをアラードは睨みつけた。
「閣下はリアに死ねと宣告したではありませんか。来るなといわれても追いかけていきます!」
「いいかげんにしろ!」
 ボルドフが怒鳴った。だがアラードは引かなかった。
「閣下もみなさんもリアのことなど考えていません。だから私は絶対についていきます。誰がなんといおうと!」

 ゴルツはアラードを真正面から見すえた。
「リアはすでに覚悟をしておるぞ。そなたも聞いたであろう? もはや我が身のためではないと、他の者が餌食になるのが耐えられないと申していたのを」
 そして、祭壇で眠り続けるリアの側へ歩み寄った。
「……まことに不憫ではある。だが吸血鬼の牙を受けた者の命運は尽きたも同然。そのことは本人が誰よりもわかっておる。
 その上で、リアは我が身の恐怖と絶望が他の者へ振りかからないように最後まで戦おうといっておるのじゃ。どれほどの覚悟が必要か、そなた想像がつくか?
 そなたの出る幕ではない! 覚悟がゆらぐばかりじゃ」

「お待ちください」
 アザリアが静かにいった。
「確かにリアは覚悟をしています。でも、親しい者の存在がその支えになることもあるはずです」
 アザリアもまた祭壇に歩み寄り、ゴルツに相対した。
「いくら覚悟をしているとはいえまだ十五の娘の身。しかもその身はじわじわと人間でないものに変じ、敵の影響力も増してゆくばかり……。本人にとってどれほど恐ろしいことか、かつて私は思い知らされました。とうとう救うことができなかったアルマの姿に」
 アザリアはリアの顔に痛ましそうな視線を向けたが、ふたたびゴルツに目を向けた。
「アラードは洞窟の中では足手まといにすぎないでしょう。でも彼の存在がリアの魂のぎりぎりの危機を左右するかもしれないという気がします。連れていっていただけませんでしょうか」

 城塞都市の長はかつて守護者とまで讃えられた魔術の指導者をじっと見つめていたが、ついに重々しく首肯した。
「……そなたがそれほどいうのなら」
「アザリア様! ありがとうございます」
 アラードは声を弾ませたが、振り向いたアザリアの表情の厳しさに思わず息をのんだ。
「リアを支えるということは、あなたがなにか1つ間違えば逆に苦しめかねないということよ。生やさしいことではないわ」
 アザリアは祭壇から離れ、アラードの正面に立った。
「私はとうとうアルマを救えなかった。敵に意識をのっとられて襲いかかる彼女をついにこの手で焼き殺すしかなかった。
 あなたも自分の手でリアを殺さなければならなくなるかもしれないのよ。その覚悟はある?」

 リアの師であり名付け親でもあるアザリアの言葉にアラードはすぐに答えることができなかった。そんな彼をアザリアはしばし見すえていたが、目を細めるとこういった。
「大司教閣下の命令には従いなさい。絶対よ。いいわね!」



 アザリアの言葉は厳しかったが、それでもリアを想う気持ちは痛いほど伝わってきた。だからアラードも納得はできた。
 だがアザリアが従えというゴルツのことは、どうしても信頼する気になれなかった。リアが目覚めてからゴルツの部屋に二人で呼ばれたときのことを彼はまた思い返した。
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