死にたがりの僕が、生きたいと思うまで。

「いっ!?」
 母さんは白衣の胸ポケットから使い捨てのメスを取り出すと、それで俺の唇を切った。
下唇の中央から、真っ赤な血が溢れ出す。
「か、母さん、こんなことしたら、先生に……」
 唇を手で覆い、小さな声で言う。
 口を開けるたびに傷が開きそうになるから、大きな声ではとても言えなかった。
「そうね、だから当分学校は休みなさい。まあ、無理にでも休ませるけど」
「いっ!!!!」
 手首を服の袖の上から、メスで勢いよく切り裂かれる。
「か、母さん……」
 無理にでも休ませると言うのは、学校に行きたくてもいけない身体にするということだ。
 要は学校まで歩くのすら億劫になるくらい俺を痛めつけるということ。
 手首と口から流れる血が、座席のシートを真っ赤に染め上げる。
 口と手が尋常じゃないくらい痛い。

 母さんは眉間に皺を寄せて痛みに耐えてる俺を一瞥してから、足元にあったゴミ箱にメスを捨てた。

「次は、そうね……」
 母さんは白衣のポケットからピンセットを取りだすと、あろうことかそれで俺の耳を勢いよく引っ張り上げた。
「いった!!!」
「うるさい」
『俺がうるさくする原因を作ったのは誰だよ』なんてことを思ったが、本当に言ったらさらに暴力を振るわれそうだったので、俺はただただ閉口した。

 母さんの白衣を怪我してない方の手で掴んで、必死に握りしめる。
 もうやめて欲しいという懇願の想いを込めて、渾身の力で白衣を握りしめる。

「うざい」
 腕を無理に振り払われ、耳朶をさらに強い力で引っ張られる。

 瞳から、ゆっくりと涙が零れ落ちる。

 俺はその涙が痛みが原因で流れてるものなのか、それとも虐待をされるのが辛くて出ているものなのかすら分からなかった。

「か、母さん、もう……」
「はい」
 母さんはズボンのポケットから一万円札を取り出すと、それを俺が着ていたYシャツの胸ポケットに入れた。

 土下座が嫌なら、暴力に耐えろ。暴力が嫌なら、土下座をしろ。それが、母さんの言い分。
 親が子供に暴力を振るっちゃいけませんだとか、親が子供に土下座を強いたらいけませんだとか、そんな当たり前のことを母さんはなんなく無視する。母さんには道徳心なんてまるでない。
 そして不幸にもそんな腐った親の子供として産まれた俺は、小遣いのためだけにそんな親に土下座をするか、あるいは暴力を振るわれるかの二択を毎度毎度迫られることになる。

「なんでこんなに」
「当面の生活費。それあげるから、まだ当分、家には帰ってこないで。今日の夜、お父さんが帰ってくるのよ。だから、ね」
 父親と血が繋がってないお前は邪魔だから家に帰ってくるな、と遠回しに言われた。

 まあ確かに俺がいたら、俺の顔が自分に似てないのを父さんが不審に思ってしまうかもしれないからな。

 不倫をしたくせに今の父親との関係を壊したくない母親は、それはとても好ましくないことだよな。

 あーあ。ただでさえ今年の一月くらいから家を追い出されてる身だっていうのに、また帰ってくるなって言われてしまった。

 今日は誰の家に居候しよう。

 奈々絵か?
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