死にたがりの僕が、生きたいと思うまで。
二章

神のお告げ。

 朝。

 またあいつは来た。今度は窓からじゃなくて、ちゃんとドアから。

「なーなえ」
 陽気な雰囲気を醸しながら、俺を呼ぶ。俺は掛け布団をかぶって、聞こえないフリをした。
「奈々絵!!」
 掛け布団を俺からとって、奴は満足そうに笑った。
「寒い。あと、奈々絵って呼ぶな」
 不満げに俺は言う。
 今は春、四月だ。そんな季節に布団なしで寝っ転がるなんて寒い。
 携帯も持ってないから、こんなとこじゃ寝ることでしか時間を潰せないのに。
「やっと返事したな?」
 奴は口角を上げて、満足そうに言った。
「うざい」
 毒を吐く。
「で? 奈々絵が嫌ならなんて呼べばいいんだよ?」
 傷ついた素振りも見せずに、奴は笑う。
「……なえ」
 小さな声で言った。

「それ却下。だって、なえってない、ねえ、なえからきてるだろ。あづもそう思うっしょ?」
 病室のドアにもたれかかっている男が言う。茶色い髪をした垂れ目の男だ。――俺の自殺を止めたもう一人の男。

 足音が聞こえなかった。あづと話してたから聞こえなかったのか。

「んー、言われてみれば?」
 あづって、察するの下手なんだな。頭が回らない。
 いま同意しとけば、俺のこと名前で呼べたかもしれないのに。まぁ意地でも呼ばせないが。
「とにかく、俺はなえじゃねぇと返事しねえ」
「あーはいはい。わかったよなえ」
 茶髪の男が雑に俺をあしらう。
「潤雑だなー」
「いつも適当な奴に言われたくねぇよ」
 潤は不満げに言う。
「なっ?」
「フッ、冗談」
 頬を赤くしたあづをみて、潤は満足そうに笑った。
 ……仲良いんだな。別に羨ましくないけど。
「あづはわかるけど、お前面会の許可もらえたのか?」
「もらえた。でも面会の付き添いの看護師が、二人になるって」
「ああそう」
 それから一分もしないうちに、本当に付き添いの看護師が二人来た。
 頭を抱える。なんで病室に俺以外に四人も人がいるんだ。

「なえさ、なんで自殺なんてしたんだよ?」
 あづが首を傾げる。こいつは周りとか気にしないのだろうか。

「……どうでもいいだろ。そんなの」
 何もかも教える義理はない。
 命の恩人だから教える義務なんてない。それになにより、嫌なんだ。いじめや家族のことを話すのは。思い出すのが辛すぎるから。
「よくねぇよ。気になる」
「……いいから、早く帰れ」
 それで忘れてくれ、俺のことなんか。頼むから、もう二度と来ないでくれ……。 
「嫌だね。お前が話してくれるまで、ここにいる」
にやっと口角を上げて、あづは笑う。
< 13 / 170 >

この作品をシェア

pagetop