死にたがりの僕が、生きたいと思うまで。
九章
手遅れ。
「……ゲホッ! ゴホッ、ゴホ!」
潤の家のトイレで、咳き込みながら便器にものを吐く。
あづがいなくなった日の翌日、俺は朝から不快感に襲われていた。
多方、昨日のいじめで水をぶっかけられたせいだ。
「奈々、顔上げて」
潤がいう。潤は俺の真後ろにしゃがみこんで、様子を伺っていた。
三人でダイニングで寛いでた時に急に吐きたくなったから、俺を心配して潤が着いてきてくれたんだ。
俺が顔を上げると、潤はコップの中に入っていた薬と水を俺に飲ませた。
「うっ!」
気持ち悪すぎて、飲み込んでから一分もしないうちに、またものを吐いた。
「おい奈々、吐くのはいいけど、薬まで吐いたら……」
吐瀉物の中に白い粉っぽいものが混じっているのを見て、潤は目を瞠る。
「ごめん、吐いた」
「みたいだな。二回飲ませていいのか?」
「いっ、いいけど、多分今飲むとまた吐く」
吐いても吐いても吐き気が収まらなくて、続けて三回くらい嘔吐をした。
今朝食べた朝ごはんはトイレに行った瞬間に吐いてしまったので、吐瀉物はさっき飲んだ水と、黄色い胃液しかなかった。
瞳から涙が流れる。
「きついな。でもきっと、じきに治まるから」
俺の背中をさすって、潤は声をかける。
「はぁっ。……ああ、ありがとう」
ため息をつきながら言う。
もの吐く度に病気の進行を実感する。
……俺は、あと数ヶ月で死ぬ。
あづに出会うまでは、死ぬのは怖いけど、死ななきゃって思ってた。あづに出会ってからの俺は、死ななきゃなんて思ってないけど、命を大事にする方法がわからなくて、命を大事にできてなかった。その考え方自体は、今も変わってない。でもたぶん今の俺は、これまでの人生で一番、死にたくないと思っている。あの、あづの号哭を聞いてしまったから。……もう俺の病気は、手術をしても治らないところまで進行してるのに。
死にたくない。……生きたい。
遅い。生きたいと思うのが、あまりに遅すぎる。もう手遅れだ。今更こんな想いをもったところで、意味なんかない。あづと別れるのが、余計辛くなるだけだ。