死にたがりの僕が、生きたいと思うまで。
「はあ……」
トイレに入ってから二十分ほどの時間が経った頃、やっと吐き気がおさまった。
潤に腕を引かれて四つん這いになっていた身体を起こし、片手でレバーを引いて吐瀉物を流す。
「うっ」
吐きすぎた。
「奈々、手離すぞ」
「ああ。ありがとう」
潤は俺から手を離すと、トイレの隅にあった消臭スプレーを手に取り、それを便器の周りに満遍なくかけた。
おぼつかない足鳥でドアを開けてトイレを出ると、恵美が心配そうな顔で駆け寄ってくる。
恵美はポカリのペットボトルを持っていた。
「奈々、大丈夫?」
「いや全く。きつい」
「だよね。これ、よかったら飲んで」
恵美がポカリの蓋を開けて、俺に差し出す。
ポカリを受け取って飲んだら、少しだけ身体が楽になった。
恵美にポカリを渡して、床に座り込んで壁にもたれかかる。行儀が悪かろうと、とりあえず腰を下ろしたかった。
潤と恵美が俺の両隣にしゃがみこむ。俺は二人を一瞥してから、潤に声をかけた。
「潤、あづから連絡きたか?」
「いや。奈々は?」
「俺もダメだな」
肩をすくめて首を振る。
あづとは、昨日言い争いをしてからずっと連絡が取れていない。
穂稀先生から虐待を受けているなら、一刻も早く保護しないといけないのに。
穂稀先生は昨日、電話に出なかった。虐待の疑いを晴らしたいなら、絶対に電話に出ると思ったのに。
「もう無理だ! 俺、あづ探し行ってくる!」
痺れを切らした様子で潤が立ち上がって、玄関に足を進めようとする。
「アホ、どこに探しに行くんだよ」
潤の服の裾を掴んでいう。
「でもこのままじゃ! あづに何かあったら、俺……」
「落ち着け。平気だよ。多分、あづはまだ大丈夫」
「そんな保証どこにあんだよ!」
潤の言う通りだ。あづが倒れてない保証なんて、どこにもない。でも。
「母親は電話に出なかった。それなら、考えられる状況は二つ。一、あづに電話の邪魔をされて、腹を立ててさらにあづを痛ぶった。二、あづが虐待に反抗して電話の邪魔をし、逃げた」
頼むから後者であって欲しい、もうあづが暴力を振るわれるところは見たくないから。
「なら俺、怜央のとこ行ってくる! 奈々と喧嘩したなら、ここにはもう来ないと思うし」
「怜央の家知ってんのか?」
「ああ。あづ、中学の時からよく怜央の家行ってて、俺、あづに会いに怜央の家に行ったことが何回かあるから。奈々は待ってろよ! お前はさっさと疲れを取れ!」
「ん」
「恵美ちゃんと見張ってろよ!」
玄関で靴を履きながら、潤は言う。
「わかってるって」
恵美の言葉に頷いてから、潤は走って家を出て行った。