死にたがりの僕が、生きたいと思うまで。
「え、奈々、まさか、虐待のこと、母さんに聞いたり、近くにいる看護師や医者にバラしたりしてないよな?」
「ああ、バラしてない。空我が望まないことはしない。穂稀先生は、俺達がそばにいたのに気づいてない。穂稀先生が病室を出る時は、全員見つからないように物陰に隠れてたから」
こくりと頷いて、奈々は否定する。
なんだ、そういうことか。
「よかった」
虐待がバレたら、母さんの人生が終わってしまうから。……なんで俺は、自分に自殺願望を持たせた母親の心配をしているんだ。
「よかった? なんもよくねえよ」
潤が病室の壁を勢いよく叩いた。
「潤、やめろ。言うな。言ったら、あづに嫌われるぞ」
潤が俺のむなぐらを、服がちぎれそうなくらい強く掴む。
涙を流しながら、潤は声を張り上げる。
「うるせえ! なあ、あづ、お前さあ、頭可笑しんじゃねえの? 今まで散々母親に暴力振るわれて、金も取られてさ。それなのにお前は、まだ母親を庇うのか? あんな母親、お前が殺したって、誰も文句は……」
やたら大きくて、震えた声。怒っているのに、声だって大きいのに、まるで説得力がない。
それでも、俺がどれだけ潤を動揺させて、潤をどれだけ悲しませてしまったのかだけは、嫌と言うほどわかった。
瞳から大粒の涙が溢れ出す。
泣いている俺を見て、潤は言うのをやめた。
「ごめん、潤。俺……」
言葉が出なかった。
母親を信じようとした俺が、悪いのか?
「空我、やめろ。謝るな。ここであづが謝るのだけは、絶対違う。だってあづは被害者なんだから。確かにあづにも、至らない点はある。それでも、お前の頭がおかしいっていうのだけは、絶対に認めちゃダメだ。だってあづは、この状況を変えたかったんだろ? だから穂稀先生に、自分のことを聞いたんだろ? それなら、あづが頷く必要なんてない」