死にたがりの僕が、生きたいと思うまで。
奈々が腕をとって、潤の手をそっと、俺のむなぐらから離した。
……違う。俺は、そんなにできた男じゃない。
「別に変わろうとしたわけじゃない。……あの質問は、神頼みみたいなものだよ。まあ俺が縋ったのは神様じゃなくて、母さんだけど」
「神頼み?」
俺は神様じゃなくて、母さんに助けを求めた。俺を生き地獄のようなこの世界から救ってくれるのは、奈々でも、潤でも、恵美でも、怜央でもなくて、母さんだと思いたかったから。
「そ。……何もかも終わりにする前に、もう一度だけ、母さんに優しくされたかった。母さんが嘘でもいいから、『本当は空我のことが大好き』って。『今までごめんね』って、謝ってくれないかなって思ってた。だから質問した」
「終わりってなんだよ」
奈々の問いに答えた俺を見て、潤は言う。
「……そのままだ。病院の屋上から飛び降りて、自殺するつもりだった。でもその前に、自殺をする前に、もしも母さんが俺に優しくしてくれたら、もう少しだけ、生きてみようかなって思ってた」
『どんなに酷い母さんでも、子供が自殺を考えている時くらいは優しくしてくれるんじゃないか』と、思っていた。……いや、違うな。俺は願っていた。切望していた。母さんが俺に、優しくしてくれることを。母さんが俺の自殺を止めてくれることを、切望していた。……哀れだな、本当に。一生叶わない願いを、抱くなんて。
瞳からぼろぼろと涙が溢れ出して、恥ずかしくて、思わず床に座り込んでしまう。
くそ。さっき涙が枯れ果てるまで泣いたハズなのに。
奈々と潤が泣いている俺に近づいて、奈々が俺の背中を、潤が頭をそっと撫でる。
「なんだよ、急に」
戸惑っている俺を見て、奈々は目尻を下げて、少しだけ悲しそうに笑う。
「偉かったな、あづ」
「そうだな。立派だよ、あづは。さっきはごめんな、怒って。あづはすごく大変な想いをしたのに、あんな風に言って」
「俺は偉くなんかない。ただ、必死で」
必死で、母さんからの愛を求めていた。
「何言ってるの。偉くないわけがないでしょ。あづは凄いんだよ。頑張ったね、あづ」
奈々と潤と恵美が、順々にいう。
「うっ。うう……」
奈々の服の裾を、爪が食い込むくらい強く握りしめて、声を押し殺して、ありったけの涙を流した。
本当は声をあげて泣きたかったけど、堪えた。病院で二度も大声で泣くのは、恥ずかしかったから。