死にたがりの僕が、生きたいと思うまで。
「ねえ奈々、あの二人喧嘩しない? 大丈夫?」
二人が脱衣所に行ったのを確認してから、恵美は言った。
「たぶん。なんとかなると思う」
「そう? ……潤もあづも単細胞だから、喧嘩しそうな気しか私はしないけど」
「あーそれは俺もわかる。でも俺が一緒に入ったら腕動いてないの絶対あづにバレるから、もし喧嘩してから出てきたら、宥めるの付き合ってくれるか?」
「わかった」
「ありがとう恵美」
「ううん」
「アビラン先生、日本に帰って来てくれませんか。このままじゃたぶん空我は自殺します。いや、下手すると穂稀先生に殺されるかもしれません」
俺はベランダに行って、アビラン先生に電話をかけた。かけるのは潤が傷だらけのあづを風呂に入れてくれている今しかないと思ったから。
隣では恵美が俺のスマホに聞き耳を立てている。
『穂稀はそんなことをする子じゃない!』
アビラン先生は勢いよく否定した。大人に子はないだろ。
「先生が知っているのは、きっと穂稀先生の一部だけです。俺もそうでした」
『僕は穂稀と付き合っていたんだぞ? それなのに、一部しか知らないわけがないだろう!』
「だとしたら、穂稀先生は変わってしまったのかもしれません。アビラン先生と別れたことがきっかけで」
一部しか知らなかったから、俺が言うまで虐待のことを知らなかったんだろうが。そう思ったが流石に、正直にそれを伝えることはやめておいた。そんなことを言ったら言い争いにしかならない気がしたから。
『僕がきっかけで?』
「はい。帰ってこない先生に日に日に似ていくあづを見るのが嫌で、傷つけてしまったのかもしれません」
『そんなわけが』
「信じられないなら、俺が見たあづの怪我のことを全部話します」
恵美が息を呑むのがわかった。
自分の状況を血の繋がった親に話されるのなんて、あづは絶対に嫌だろう。けれど今話さないと、前に進めないんだよな。
『話さなくていいよ。あづに会ったらこの目で確認するから」
「ぜひそうしてあげてください。けれどまずは穂稀先生の説得をお願いします。それが終わったら、あづが望む家族を作ってあげてください」
『そうだね。それじゃあすぐに日本に行くよ』
「お願いします」
『うん。じゃあまたね』
俺の言葉にしっかりと頷いてから、アビラン先生は電話を切った。
その日、俺達はダイニングに布団を三つ敷いて、四人で横に並んで寝た。