死にたがりの僕が、生きたいと思うまで。

「奈々ー、おはよー」

 穂稀先生と入れ違いで、あづが病室に入ってくる。

「げっ!」

「げってなんだよげって!」
 俺の頭を軽く叩いて不満げにあづは叫ぶ。

「うるせぇ。……あ、あづさ、図書室いって、適当に文庫本三冊くらいとってきてくんない」

「え、なえ本なんて読むのか?」

「ああ。病室でぼーっとしてても暇だからな」

「いや暇なら俺と話せよ!」
 また大声を出してあづは言う。

「話す訳ねぇだろ馬鹿が」
「じゃあ本は持ってこない。本読む時間があるなら、俺と話せ」

「……めんどくさ」
 思わず顔をしかめる。

 こいつのこういう所が気にくわない。何でもない様子で自殺した俺を助けたり、毎日どんなに邪険に俺が扱っても何食わぬ顔で会いに来て話をしようとするところとか、足が痛くて顔をしかめたら心配をしてくれるところが。あづの優しさに俺は慣れない。姉を思い出すし、なにより心を開いてしまいそうになるから。開いたら絶対にダメなのに。
  
 そのままあづと談笑をしていたら、俺は突然頭痛に襲われた。
 いじめのせいで不眠症になってたから、頭痛に襲われるのはよくあった。だが、今回襲ってきた痛みは寝不足のせいだと思えなかった。いつもある頭痛の倍以上は痛い。頭が割れそうだ。余りの痛みに頭を抱える。痛すぎて気絶しそうだ。
「なえっ!?」
 あづは慌てて、ナースコールを押した。すぐに看護師が来て、痛みどめを投薬され、検査室に連れてかれる。

「赤羽くん、君は慢性硬膜下血腫です」
 検査後、主治医の穂稀先生がカルテを見ながら言った。
「……そうですか。手術はしなくていいですよ。永く生きる意味なんかないので」
 先生の言葉を先読みするみたいに言う。
「……赤羽くん、本気で言ってるの?」
「はい。俺は死んでいいです」
「そう本気で思うなら、何で今君は泣いてるの?」
 顔を触ると、涙が頬を伝っていた。

「俺は生きてちゃいけないんですよっ!」
 掠れた声で叫び、俺は先生が持っているカルテを破いた。

「赤羽くん、そんなの誰が決めたの」
「……世間です。親戚にも同級生にも死ねって言われました。俺に生きる価値なんかないんですよ」
「赤羽くん、そんなこと……」
「とにかく手術は受けなくていいです。さっさと病室連れてってもらえますか」
「……わかったわ。病気のこと説明したら、すぐに連れてく。ね? 説明くらい聞いて」
「……わかりました」
 俺は大人しく従った。

 病室に行くと、あづがベッドに座ってうずくまっていた。

「あづ……」
「なえ! お前大丈夫なのか?」
 あづは慌てて立ち上がり、俺の肩を叩く。

「あっ、あぁ。平気だよ。 あづ今日はもう帰ってくれないか。あんま元気ねぇから。また明日来い」

「明日も来ていいんだな? 言質取ったからな?」

 ――しまった。そう思ったが、既に遅かった。
 あづは嬉しそうに頬を赤らめて笑い、俺の頭を撫でてくる。……こいつ、本当に明日も来る気だ。

「……わかった。来ていいよ。どうせ来んなっていっても来るんだろ?」
「よくわかってんじゃん! じゃ、また明日な!」
 そういい、あづは上機嫌で病室を出ていった。
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