死にたがりの僕が、生きたいと思うまで。
「奈々、ついてこい。絶好の場所があんだよ」
何十メートルか離れたところにある十階建てのビルに上った。屋上に行くと、紅レンガ倉庫の全面を見渡せた。
広い。一体何メートルあるのだろう。百メートルは優に超えている。
「綺麗だろ?」
得意げにあづは言う。
「……ああ、そうだな」
「これで二回目だな。お前がちゃんと頷くの」
「……うっせ」
あづから顔を背け、俺はぼやく。
「あづ、お前よくこんなことしてんの?」
「ああ、夜は大抵どっかいってる。家いてもゲームくらいしかすることねぇし」
不貞腐れるみたいに投げやりにあづは言う。
「寂しくないのか」
「……六歳の時からそうだから、もう慣れた」
「六歳? お手伝いさんとかは?」
「……そういう人はいなかったな。家帰ると金がテーブルに置いてあって、それで飯買って食べて風呂入って寝るの繰り返し。それがある日つまんなすぎて嫌になって、小六の時に母親の部屋あさってそこにあった染髪料で髪染めて夜中に家を出た。そんで空見たら、星がきらきら輝いててさ。見てるだけで気ぃ晴れたよ」
「そっか…」
それ、部屋漁ったの穂稀先生に構って欲しいからではないか?
「……それ以来夜中いつも外出て、電車はしごして知らない町行ったり、観光地検索して外観だけ見て楽しんだりしてる。紅レンガ倉庫は今まで行った中で一番気に入ってんの!」
歯を出して、陽気にあづは笑う。
「……そうか」
「奈々は? 何か気に入ってんのとか、よくやってることねぇの?」
「……俺はせいぜい本読むことくらいしかない。でも今はそれもやんなくなっちゃたから、なんもないな」
「何で読んでねぇの?」
「それは……」
顔を伏せる。
死ぬのが怖くて読む気になれないなんて言えるわけがない。
「ま、話したくないならいいや。今日は付き合ってくれてありがとな。そろそろ帰ろうぜ。病院抜け出したのバレたらすげぇ怒られると思うし」
「……ない」
「ん?」
「……まだ戻りたくない」
「へぇ? じゃあどうする? 俺んちだと母さんが起きたらマズいからな」
歯を出して、嬉しくてたまらないというような様子であづは言う。
「……言う通りチャリこいで。俺んち行く」
「りょーかい!」
そう言うと、あづはスキップをし、屋上を出て行こうとする。俺は呆れながらその後を追った。