俺様社長は溺愛本能を隠さない
デザイナー経験がある私、桃木さんも事態の深刻さは理解できた。
クライアントの詳しい話になるため都筑さんはまずオフィスの中へと入り、早歩きでジャケットを脱ぎながらデスクに戻る。
「もう三稿までいってるのにどうして今さら背景色を直されるんだ。そんなもん、総取っ替えになるだろ」
オフィスには佐野さん、堤さん、金沢さんが揃っていて、深刻な顔で入ってくる私たちに顔を上げた。
彼らが「何かあったんですか」と聞いてくる前に、都筑さんは「全員手を止めて集合しろ」と声をかける。
全員デスクに集まり、若林君は申し訳なさそうに肩を落としていた。
デザインに使用する色は、背景色、メインになる色から細部に至るまで計算されつくし、時間をかけて決めていくもの。
デザイナーはそのギリギリのバランス感覚を保ちながら、クライアントの意見を取り入れていく。
納期間近でその根底にある背景色を変更するということは、今までのデザインを忘れて一から組み直すも同然だ。
モードレコードの担当者はそこらへんの意志疎通がしにくい人で、紙面に書かかなかったくせに言った言わないを主張する常連。
だから日頃から連絡をとって気を付けるようにと若林君に忠告はしていたものの、新人の彼には荷が重かったかもしれない。
とにかく、落ち込んでいても始まらない。