イケメン同期から全力で逃げてますが、逃げ切れる気がしません!
「き……禁煙?」
淀みなく、余裕たっぷりだった彼の声に、初めて狼狽が走ったような気がして、ようやく留飲を下げた気分だ。
「タバコの臭いって、昔から嫌いで。吸う人とは付き合わない、って決めてるの。無理だったら、この話はなかったことに――」
「――わかった。止める」
しぶしぶ、といった風に肩を落とし、それでもきっぱりと返事が返ってきて。
びっくりした。
だって、喫煙ルームの常連ってくらい、吸ってるよね。
それをいきなり止めるなんて、相当大変なんじゃ……?
「契約成立だな。よろしく、彼女サン」
満足そうに眦を緩めた彼が手を伸ばして、くしゃり、わたしの頭を撫でていく。
――トクン。
嬉しそうなカオ、
触れた手の大きさと温かさ……
なぜか、落ち着かなかった。
ねぇ、どうしてそこまでするの?
抱きたいだけなんでしょ? ただの暇つぶしだよね?
エンジンがかかる音。
続いて、低く唸りながらスムーズに滑り出した車は、街を疾駆し、夜に溶けていく。
坂田くんはもう何も言わず。
車内の沈黙を埋めるのは、エンジン音とBGMのジャズだけ。
静かすぎるせいなのか、逆に気が散ってうまく考えがまとまらない。
あるいは。
自分でも、考えちゃダメだと思ってるんだろうか。
無意識に、これ以上深くは考えるなと?
ただ……頭のどこかで感じていた。
平穏だった日常が変わっていく、波立ち始める、そんな微かな予感を。