桃色のドラゴンと最強神~ドラゴン・ノスタルジア ~∞クスコ∞
時の王の即興曲
螺旋城の門の中から、鳳凰の梅が姿を現した。
「お久しぶりでございます、爽様」
時の一族として仕えていてくれた彼女に、爽はいつも感謝していた。
「梅。久遠の息子は…………」
梅の表情には後悔や懺悔、緊張や焦りが浮かんでいる。
「大地は、どこかの時代へ飛んで行ってしまったのだと思います……。実は今、私は逃げるように螺旋城から出てきてしまいました」
普段は気丈で弱音を吐かない梅が、初めて打ちひしがれたように俯いた。
自身が放った炎のせいで大地が行方知れずになってしまったので、感じた責任はあまりにも大きいのだろう。
「起きてしまった事より、これからの話をするのが大事だ、梅。一刻を争う。螺旋城の状況を教えて欲しい」
「────はい。どうやら時の神スズネが、螺旋城の中で蘇ったようです」
スズネの声に邪魔をされて、前に進めなくなったのだと梅は言う。
「スズネ?」
爽は唖然とした。
スズネは岩時神社に侵入した、五体の黒龍側の神の一体である。
螺旋城の中で既に死滅したはずのスズネが……まだ生きていたのか!
「ええ。私は大地がいる場所を探したくて螺旋城に入ったのですが……身動きが取れなくなりました。その上、魔性の音楽に弾かれて、外へ押し出されてしまったのです。何らかの策を講じなければ、中へ入れなくて……全く情けないかぎりです」
「音楽……?」
梅は頷いた。
「……なら奥まで入り込まなくて正解だ。状況が把握できないまま足を踏み入れては、命を落とすだけだろう」
人間の光る魂に魅せられ、その力を奪う事に夢中になるあまり、鳳凰の翼と権威全てを返してよこした、一族の落ちこぼれ。
自由気ままに、思いのままに生きる事を望み、スズネは黒龍側に身を落とした。
鳳凰の一族には全員、黒龍側に属さないよう固く禁じていたというのに。
最悪な事に、螺旋城の中では天枢が効かない。
律という少女を救うためにも、どうにかしてスズネの魔力を破り、中の様子を探らなくてはならない。
爽は後ろを振り返ってウタカタを見たが、当の本人は橋の姿をしたまま、微動だにせず言葉すら発さない。
どうやらウタカタは、螺旋城の中にまで一緒に入る気は毛頭ないらしい。
「…………それもそうか」
これは自分が招いた問題なのだから、ウタカタに頼らず自分の手で解決するしか無い、と爽は思い直した。
「じゃあ行ってくる。そこで待ってろ、ウタカタ。私が脱出したら、頼んだぞ」
「…………」
虹の橋は無言だった。
爽は、黄金色の表紙がついた、そっくりな二つの巻き物を、梅に見せて相談した。
「天璣の光を螺旋城の触覚に当てたら、この二つが飛び出て来た。……どう思う?」
「…………?」
中を見ると、どうやら巻物は二つとも古代語で、螺旋城内部を細かく書き記しているようである。
「両方とも『紫蓮灯の覚書』と、書いてありますね」
「ああ、そっくりに書かれている。どちらか一つが初代が書き記した本物で、もう一つが偽りの内容なのだろう」
爽は杖を取り出し、術を唱えた。
「天涯」
杖から飛び出した光は、二つの巻き物に当たった。
すると、二つとも黄金色だったはずの巻物は、片方が濁った血の色へと変化した。
「これが真実の姿だ」
冒頭の一枚は、どちらも螺旋城内部の地図である。
血の色をした巻物の地図には、全ての道が行き止まりになるように描かれている。
黄金色の巻物の地図には、全ての道が中心部の、二つの花が咲いている場所に通じるように描かれている。
「正しい内容は、血の色の巻物の方だろう。どうやらこちらが本物だ」
爽は、黄金色の巻物を忌々しそうに睨みつけた。
「こっちは出鱈目だ」
『紫蓮灯の覚書』
血の色の巻物には、以下のように書かれている。
・こちらの目的は明かさないこと
・魂の花が根付いていることを、気づかせないこと
・時を大切に出来ない人間を狙うこと
・行き止まりしか作らないこと
・『時間』欲しさに泣きついて来る人間を狙うこと
・望み通り『時間』を与え、魂を要求すること
・魂の返却を求められた場合、こちらは『時間』の返却を要求すること
・時間軸が狂うため、白と黒の『魂の花』を隠すこと
・二つの『魂の花』に、同時に刺激を与えないこと
反対に、黄金色の巻物の中には以下のように書かれててあった。
・人間を大切にすること
・魂を根付かせること
・温かくもてなすこと
・話しかけること
・笑顔で接すること
・必ず手を差し伸べること
・時間を与えて見守ること
「どう思う?」
爽が尋ねると、梅は忌々しそうに苦笑いした。
「────黄金色の方は、深名孤様が考えた指針だったのだと思います。時の王は彼女の言葉をそのまま、自分達一族を守るために取っておいた、と考えると辻褄が合います」
「つまりは入ったが最後、悪意と失望に押しつぶされて皆が殺されるか死ぬように、螺旋城は作られているという事だ。内容を隠すための術まで施して」
「…………ひど過ぎます」
螺旋城は大きな口を開け、不気味な笑い声を、あたりに轟かせ始めた。
おーほほほ…………!
おーほほほ…………!
どうせ時間を大切にする人間など、どこにもいやしません。
見てきましたわよ! 時間を駆け抜け、あなた様がたの過去も未来も全て!
岩時の地よりも歴史が深いこの螺旋城の最奥に、恐るべき『光る魂』が眠っていたことに、ワタクシは最初から気づいておりました。
どうやらそれは、岩時城で採れるどの『光る魂』よりも素晴らしく、尊いものであったということにも。
螺旋城はどうやら、それをひた隠しに隠していたようですの。
ワタクシが見つけた二つの『魂』と思われるものは、特別な刺激を与えなければ、大きくならなかったのです。
律の音楽のおかげで黒い方の花だけが目覚めたのですわ。本当に素晴らしい子!
「律…………? 神社で攫われた少女のことか」
「律は、大地の友人です」
爽と梅は、目を見合わせた。
スズネの笑い声は続く。
『涙のようにダラダラと流された黒い花の蜜を、あの子のおかげでワタクシは、たくさん吸う事が出来ました』
魂を作れるはずだったユナ女王は、とても愚かでございましたわ。
憎しみのあまり夫であるスウ王を殺し、子供たち全員を蔑み、自らが女王になった挙句、自分勝手に生きて、時を大切にせず、最期はワタクシの手で、命を落としたのですもの。
どの方々も、この世をとても恨んでいらっしゃいましたから…………
女王ユナの魂や、王族の皆様の魂を残らず、ワタクシが美味しくいただいて差し上げました!
見向きもしてくれない母親のユナを軽蔑する子供達の魂も当然、全部。
「何という事を…………」
爽は遠い昔に鳳凰だったことのある、疳高い女の声と顔を思い出した。
『あんなに闇深い、革命の音色を作り出せるのは、律だけですわ!』
取り返しのつかない時間って、呆れるほど何度も繰り返されますわね?
スズネはけたけたと笑う。
無意味な時間をたくさん作って下さいまして、本当にありがとうございます。
『おかげさまでワタクシは、思うがままに時を操れるようになりましてよ!』
たった一人残ったマユラン王女も、律の音楽に心酔して、狂いましたわ。
ピアノの音に心動かされ、涙を流したと思ったら、体が動かなくなったのです!
強者と名乗る馬鹿が作り出した無駄な時間に、愚かだと知りながら付き合わされる弱者がいて、その全てがまかり通り、当たり前になってゆく。
そんな歴史が永遠に、繰り返されてしまうのです。
馬鹿ゆえに。
螺旋城の時の王に、人間はどこまでもつけ狙われ、操られたのです。
『ワタクシ、無限の力を手に入れましたの!』
切り刻むとさらにもっと密を出してくれたのは、やはり黒い花の方でした。
白い花はいくら切っても反応せず、全くの役立たずでしたわ。
密を出すどころか、どんどん太くて丈夫になっていくだけでしたもの。
「スズネ、お前は…………何ということを仕出かしたのだ」
爽は今度こそ、怒りが頂点まで達した。
今の今までこの女を放置していた自分を、もう決して許さない。
スズネをバラバラに切り刻んで燃やし、葬り、消滅させるしかない。
激しく打ち鳴らすような、猛々しい鈴の音があたりに響き渡る。
闇の奥から顔を出す、不確かな音色を放つ、嬉しそうな魔性の響き。
チリン!
チリン!
チリン!
ポロン!
ポロン!
ポロン!
耳障りな鈴の音は徐々に大きくなり、ピアノのメロディーのように響く。
音の中から、ほっそりとした美しい女性が姿を現す。
その蒼黒の瞳は虚ろな様子で、目の前の空間をただ見つめている。
氷のように冷ややかな表情をした、女王ユナだ。
笑顔を忘れた女王が両腕を天に掲げると、螺旋城が大口を開けて暴れ出し、爽と梅を吞み込もうとする。
『ユナ。さあ……その調子ですわ』
そうやってあなたは、憎しみによって何もかもを、呑み込んでしまえばいいのです。
夫も、子供達も、岩時城も。
おーほほほ……
おーほほほ……
そうすれば岩時城の中にある『光る魂』も全て、ワタクシのものですわね?
このままどこまでも、螺旋城が黒く大きく、膨らんでいくと良いのですわ!
「…………この音楽」
これは恨み。
『時間を返して!』
これは憎悪。
『よくも…………よくも!』
時を奪う者への、復讐の嘆き。
『殺してやる! お母様も! お父様も! 兄弟もみんな!』
思いを露わにした、王族の子供達の叫び声。
『大嫌いだ! 全部、粉々にしてやる!』
全てを攫う、時の即興曲。
何かが増幅されていき、心の奥深くを激しく揺り動かす。
時を戻せない後悔が、爽の心の中で強大な波のように、襲って来る。
────来るなら来い。
爽は、螺旋城が一番毛嫌いしている術を唱えた。
「天璣!」
────ガチッ!!
天璣の光が当たったためか。
螺旋城の動きはピタリと止まった。
「お久しぶりでございます、爽様」
時の一族として仕えていてくれた彼女に、爽はいつも感謝していた。
「梅。久遠の息子は…………」
梅の表情には後悔や懺悔、緊張や焦りが浮かんでいる。
「大地は、どこかの時代へ飛んで行ってしまったのだと思います……。実は今、私は逃げるように螺旋城から出てきてしまいました」
普段は気丈で弱音を吐かない梅が、初めて打ちひしがれたように俯いた。
自身が放った炎のせいで大地が行方知れずになってしまったので、感じた責任はあまりにも大きいのだろう。
「起きてしまった事より、これからの話をするのが大事だ、梅。一刻を争う。螺旋城の状況を教えて欲しい」
「────はい。どうやら時の神スズネが、螺旋城の中で蘇ったようです」
スズネの声に邪魔をされて、前に進めなくなったのだと梅は言う。
「スズネ?」
爽は唖然とした。
スズネは岩時神社に侵入した、五体の黒龍側の神の一体である。
螺旋城の中で既に死滅したはずのスズネが……まだ生きていたのか!
「ええ。私は大地がいる場所を探したくて螺旋城に入ったのですが……身動きが取れなくなりました。その上、魔性の音楽に弾かれて、外へ押し出されてしまったのです。何らかの策を講じなければ、中へ入れなくて……全く情けないかぎりです」
「音楽……?」
梅は頷いた。
「……なら奥まで入り込まなくて正解だ。状況が把握できないまま足を踏み入れては、命を落とすだけだろう」
人間の光る魂に魅せられ、その力を奪う事に夢中になるあまり、鳳凰の翼と権威全てを返してよこした、一族の落ちこぼれ。
自由気ままに、思いのままに生きる事を望み、スズネは黒龍側に身を落とした。
鳳凰の一族には全員、黒龍側に属さないよう固く禁じていたというのに。
最悪な事に、螺旋城の中では天枢が効かない。
律という少女を救うためにも、どうにかしてスズネの魔力を破り、中の様子を探らなくてはならない。
爽は後ろを振り返ってウタカタを見たが、当の本人は橋の姿をしたまま、微動だにせず言葉すら発さない。
どうやらウタカタは、螺旋城の中にまで一緒に入る気は毛頭ないらしい。
「…………それもそうか」
これは自分が招いた問題なのだから、ウタカタに頼らず自分の手で解決するしか無い、と爽は思い直した。
「じゃあ行ってくる。そこで待ってろ、ウタカタ。私が脱出したら、頼んだぞ」
「…………」
虹の橋は無言だった。
爽は、黄金色の表紙がついた、そっくりな二つの巻き物を、梅に見せて相談した。
「天璣の光を螺旋城の触覚に当てたら、この二つが飛び出て来た。……どう思う?」
「…………?」
中を見ると、どうやら巻物は二つとも古代語で、螺旋城内部を細かく書き記しているようである。
「両方とも『紫蓮灯の覚書』と、書いてありますね」
「ああ、そっくりに書かれている。どちらか一つが初代が書き記した本物で、もう一つが偽りの内容なのだろう」
爽は杖を取り出し、術を唱えた。
「天涯」
杖から飛び出した光は、二つの巻き物に当たった。
すると、二つとも黄金色だったはずの巻物は、片方が濁った血の色へと変化した。
「これが真実の姿だ」
冒頭の一枚は、どちらも螺旋城内部の地図である。
血の色をした巻物の地図には、全ての道が行き止まりになるように描かれている。
黄金色の巻物の地図には、全ての道が中心部の、二つの花が咲いている場所に通じるように描かれている。
「正しい内容は、血の色の巻物の方だろう。どうやらこちらが本物だ」
爽は、黄金色の巻物を忌々しそうに睨みつけた。
「こっちは出鱈目だ」
『紫蓮灯の覚書』
血の色の巻物には、以下のように書かれている。
・こちらの目的は明かさないこと
・魂の花が根付いていることを、気づかせないこと
・時を大切に出来ない人間を狙うこと
・行き止まりしか作らないこと
・『時間』欲しさに泣きついて来る人間を狙うこと
・望み通り『時間』を与え、魂を要求すること
・魂の返却を求められた場合、こちらは『時間』の返却を要求すること
・時間軸が狂うため、白と黒の『魂の花』を隠すこと
・二つの『魂の花』に、同時に刺激を与えないこと
反対に、黄金色の巻物の中には以下のように書かれててあった。
・人間を大切にすること
・魂を根付かせること
・温かくもてなすこと
・話しかけること
・笑顔で接すること
・必ず手を差し伸べること
・時間を与えて見守ること
「どう思う?」
爽が尋ねると、梅は忌々しそうに苦笑いした。
「────黄金色の方は、深名孤様が考えた指針だったのだと思います。時の王は彼女の言葉をそのまま、自分達一族を守るために取っておいた、と考えると辻褄が合います」
「つまりは入ったが最後、悪意と失望に押しつぶされて皆が殺されるか死ぬように、螺旋城は作られているという事だ。内容を隠すための術まで施して」
「…………ひど過ぎます」
螺旋城は大きな口を開け、不気味な笑い声を、あたりに轟かせ始めた。
おーほほほ…………!
おーほほほ…………!
どうせ時間を大切にする人間など、どこにもいやしません。
見てきましたわよ! 時間を駆け抜け、あなた様がたの過去も未来も全て!
岩時の地よりも歴史が深いこの螺旋城の最奥に、恐るべき『光る魂』が眠っていたことに、ワタクシは最初から気づいておりました。
どうやらそれは、岩時城で採れるどの『光る魂』よりも素晴らしく、尊いものであったということにも。
螺旋城はどうやら、それをひた隠しに隠していたようですの。
ワタクシが見つけた二つの『魂』と思われるものは、特別な刺激を与えなければ、大きくならなかったのです。
律の音楽のおかげで黒い方の花だけが目覚めたのですわ。本当に素晴らしい子!
「律…………? 神社で攫われた少女のことか」
「律は、大地の友人です」
爽と梅は、目を見合わせた。
スズネの笑い声は続く。
『涙のようにダラダラと流された黒い花の蜜を、あの子のおかげでワタクシは、たくさん吸う事が出来ました』
魂を作れるはずだったユナ女王は、とても愚かでございましたわ。
憎しみのあまり夫であるスウ王を殺し、子供たち全員を蔑み、自らが女王になった挙句、自分勝手に生きて、時を大切にせず、最期はワタクシの手で、命を落としたのですもの。
どの方々も、この世をとても恨んでいらっしゃいましたから…………
女王ユナの魂や、王族の皆様の魂を残らず、ワタクシが美味しくいただいて差し上げました!
見向きもしてくれない母親のユナを軽蔑する子供達の魂も当然、全部。
「何という事を…………」
爽は遠い昔に鳳凰だったことのある、疳高い女の声と顔を思い出した。
『あんなに闇深い、革命の音色を作り出せるのは、律だけですわ!』
取り返しのつかない時間って、呆れるほど何度も繰り返されますわね?
スズネはけたけたと笑う。
無意味な時間をたくさん作って下さいまして、本当にありがとうございます。
『おかげさまでワタクシは、思うがままに時を操れるようになりましてよ!』
たった一人残ったマユラン王女も、律の音楽に心酔して、狂いましたわ。
ピアノの音に心動かされ、涙を流したと思ったら、体が動かなくなったのです!
強者と名乗る馬鹿が作り出した無駄な時間に、愚かだと知りながら付き合わされる弱者がいて、その全てがまかり通り、当たり前になってゆく。
そんな歴史が永遠に、繰り返されてしまうのです。
馬鹿ゆえに。
螺旋城の時の王に、人間はどこまでもつけ狙われ、操られたのです。
『ワタクシ、無限の力を手に入れましたの!』
切り刻むとさらにもっと密を出してくれたのは、やはり黒い花の方でした。
白い花はいくら切っても反応せず、全くの役立たずでしたわ。
密を出すどころか、どんどん太くて丈夫になっていくだけでしたもの。
「スズネ、お前は…………何ということを仕出かしたのだ」
爽は今度こそ、怒りが頂点まで達した。
今の今までこの女を放置していた自分を、もう決して許さない。
スズネをバラバラに切り刻んで燃やし、葬り、消滅させるしかない。
激しく打ち鳴らすような、猛々しい鈴の音があたりに響き渡る。
闇の奥から顔を出す、不確かな音色を放つ、嬉しそうな魔性の響き。
チリン!
チリン!
チリン!
ポロン!
ポロン!
ポロン!
耳障りな鈴の音は徐々に大きくなり、ピアノのメロディーのように響く。
音の中から、ほっそりとした美しい女性が姿を現す。
その蒼黒の瞳は虚ろな様子で、目の前の空間をただ見つめている。
氷のように冷ややかな表情をした、女王ユナだ。
笑顔を忘れた女王が両腕を天に掲げると、螺旋城が大口を開けて暴れ出し、爽と梅を吞み込もうとする。
『ユナ。さあ……その調子ですわ』
そうやってあなたは、憎しみによって何もかもを、呑み込んでしまえばいいのです。
夫も、子供達も、岩時城も。
おーほほほ……
おーほほほ……
そうすれば岩時城の中にある『光る魂』も全て、ワタクシのものですわね?
このままどこまでも、螺旋城が黒く大きく、膨らんでいくと良いのですわ!
「…………この音楽」
これは恨み。
『時間を返して!』
これは憎悪。
『よくも…………よくも!』
時を奪う者への、復讐の嘆き。
『殺してやる! お母様も! お父様も! 兄弟もみんな!』
思いを露わにした、王族の子供達の叫び声。
『大嫌いだ! 全部、粉々にしてやる!』
全てを攫う、時の即興曲。
何かが増幅されていき、心の奥深くを激しく揺り動かす。
時を戻せない後悔が、爽の心の中で強大な波のように、襲って来る。
────来るなら来い。
爽は、螺旋城が一番毛嫌いしている術を唱えた。
「天璣!」
────ガチッ!!
天璣の光が当たったためか。
螺旋城の動きはピタリと止まった。