桃色のドラゴンと最強神~ドラゴン・ノスタルジア ~∞クスコ∞
本当の気持ち
螺旋城の大広間には、片側が湾曲した赤いピアノが用意されている。
律は静寂を突き破る様に、その白い鍵盤部分に触れながら、キラキラとした美しい音色を奏でている。
彼女は想いを込めて、全身全霊で『光になれる』という曲を演奏した。
────少しでもマユランが、元気になってくれますように。
クライマックスの独奏部分を聞くなり、雷に打たれたように目を見開き、さっとマユランは椅子から立ち上がった。
「…………お母様」
大広間の中央の、瑠璃色に輝く玉座の上に突然、ユナの姿が浮かび上がった。
女王のガウンと冠を身に着け、蒼黒の瞳を輝かせ、王座に座りながら冷ややかに、ユナはマユランを見つめている。
『マユラン。あなたには迷惑かけたわね』
心が闇に落ちて、思い出したく無かった記憶までもが次々と呼び覚まされてゆく。
「お母様、本当は生きていらっしゃったの?」
首を横に振りながら、ユナは曖昧な笑みを浮かべた。
「…………もう、お亡くなりになっているのね?」
ユナはこくりと頷き、話し出した。
『マユラン、我らは時の王。時の輪を見ながら、あなたが選ぶのよ』
マユランとユナの間に、ひとつの円卓が現れた。
その上では黄金の光が、円状になってグルグルと回っている。
いつも冷酷で、『自分勝手』という言葉がぴったりだった、母。
生き生きとした彼女の笑顔が見れたのは、本当はたった一度きり。
マユランが菓子のクリームを頬につけたままだった時、乾いたような冷笑の声をあげたきりだった。
ずっと自分の気持ちを、マユランは都合よく騙していた。
ユナの態度にはいつだって、愛情など微塵も感じられ無かったのである。
それでもずっと、その時の母の笑顔は、残像として記憶に残っていた。
笑顔の奥にある優しさを信じていなければ、とても一緒に生きてはいけなかった。
父であるスウ王や、マユランの兄や姉たちは誰も、ユナの笑顔を見たことが無い。
ユナは一番大切にするべき家族の心を、残酷な仕打ちでズタズタに切り裂いて傷つけた挙句、殺してしまったのである。
それでもずっとマユランは、彼女を優しくて温かい母だと、信し続けなければならなかった。
母との関係を心の中で、出来るだけ美化していたかった。
愛し続けていたくて、心をバラバラに切り刻むことを選んだのである。
少しでも前向きに捉えて守り続けなければ、恐ろしいくらい醜い自分の心に、壊されてしまいそうだったから。
母を悪く思わないよう、自分と戦いながら生きる他なかった。
それでも一番下の弟であるナユナンの心だけは守ろうと、信頼できる召使に彼を託して螺旋城から逃がし、自分だけは最後までこの城に残ろうと決めたのだ。
命が尽きるその瞬間まで、あらゆるものから目を逸らし続け、自分と向き合おうとしなかったユナは、マユランにとって『混沌』そのものだった。
マユランは、そんな母と向き合わないことで、自分の強さを保っていたのである。
そして…………最後は一人ぼっち。
「…………選ぶ?」
ユナは広間の中央にある円卓の上に杖を向け、一筋の光を当てた。
グルグル回りながら黄金色に輝く、時の輪の中心部。
そこに、二体の生き物が向かい合っているのが見える。
『ほら、戦いが始まるわ。今、彼の中にある魂の核……開陽どうしが戦っているの。マユラン、どっちが時間の主導権を握って、勝つと思う?』
「ドラゴンと人間が?」
『どちらも同じ『大地』という少年の、魂なのよ』
小さな二体の大地は、自分達を見下ろしてギャンブルに講じようとするマユランとユナに、まるで気づいていない。
小さな桃色のドラゴンと、桃色の髪をした人間の少年は、見つめ合っている。
『気の毒だこと。どうせ自分同士で向き合ったって、最終的に『楽ができる方』が勝つに決まっているのにね』
「…………そうかしら」
マユランは異を唱え、不安そうに律を見た。
律は、ユナや小さな二体の大地が登場したことに気づいていないのか、今まで通りピアノを弾き続けている。
徐々にピアノの音色は、何かを心から応援するような、力強いものへ変わってゆく。
『私はドラゴンが勝つと思うわ。だってドラゴンの方が断然、強いんですもの』
ユナはこう言って、桃色のドラゴンの方を指さした。
確かにドラゴンは強い。
だけど、力が強い方が勝利して、いつまでも生き残るとは限らない。
『────マユラン。あなたも今、どちらかを選ぶのよ』
ユナは、どっちの大地が勝つのか、マユランにも選ばせたくてこう言ったようだ。
マユランはこの時、これからも螺旋城の王女マユランとして生きていくか、それ以外の生き物となって生きるかを、ユナから尋ねられたように感じた。
これは罠?
母は何を考えているのだろう?
ユナの真意がマユランにはさっぱりわからない。
でも、もうきっと、螺旋城は、この世は、全ておしまいになるのだろう。
最後なら一度くらい、目の前にいる母とギャンブルに講じたっていいでは無いか。
時計の針が、三時を刻む。
ゴーン…………
ゴーン…………
ゴーン…………
ステンドグラスの窓から、熱いくらいの光が大広間へ降り注ぐ。
母に対する深い憎しみが、自分の中で眠っていたことに、気づきたく無かった。
この気持ちと向き合うのが、マユランはずっと怖かった。
この城を、大好きな家族を、永遠に大切にしながら守っていたかった。
醜さからは目を背けて、美しい面だけを見ていたかった。
その方が城を出る事を考えるよりはるかに、楽だったから。
それが、いけなかったのだ。
自分の本当の心と正面から向き合ったその途端、マユランには螺旋城が、今までに感じたことの無いくらい、醜くて腐臭が漂う場所のように感じられた。
もう、この城に留まって、わけのわからない『誇り』を守るのは、もうやめよう。
ああ、でもこれからは一体誰が、自分を守ってくれるのだろう?
いくら自分を鍛えて強くなったって、外で生きるには不安がいっぱいある事に、変わりはない。
目の前で円卓を覗く母と目が合う。
何だか可笑しくて、笑ってしまう。
まさかこうして遊ぶなんて!
この賭けが終わったら一度、螺旋城の外へ出てみよう。
外の世界に飛び出してみよう。
自分は孤独なのだという事実と、ちゃんと正面から向き合ってみよう。
今まで守ってくれていた、この温かな城には、心から感謝しながら。
マユランの心は今、深い混沌の闇をスッキリと払おうとしていた。
もう決して、考える事から逃げたりはしない。
どこにいたって、自分は自分だ。
ほら。律のピアノが、どんな心でもしっかりと支えてくれるではないか。
「…………私は、人間の彼の方が勝つと思う。彼はどうやって戦うかを、考えてるみたいに見える。最後に勝つのは、きっと彼よ!」
母はマユランを、人間の大地を、思いっきり罵り、嘲笑った。
「本当にあなたは、あなただけは、面白い子ね。マユラン」
戦いが始まった。
桃色のドラゴンは恐ろしい威力を持つ禁断の黒い炎をその口から、いくつもいくつも吐き出した。
炎は人間の大地少年に向けて放たれ、次々と命中してゆく。
これでは、あっという間に人間の大地が灰になり、死んでしまうだろう。
真っ黒で大きな球状の力が増幅され、彼らのまわりを大きく包み込み、何もかもを見えなくしてゆく。
────だが。
時間の経過と共に、闇が綺麗に吹き飛んで、再び人間の大地が姿を現した。
「…………生きてる」
マユランはホッとした。
大地少年が死んでしまったのかと思い、とても心配になったから。
それにしても一体、大地はどこに逃げていたのだろうか。
ドラゴンの炎に包まれたはずなのに、力は全て人間の彼の体をすり抜け、ダメージが無かったようである。
そして、人間の大地が反撃に転じた。
彼が手にした海のような色の、太くて長い杖の先から白い光が放たれた途端、桃色のドラゴンは悲鳴を上げ、我に返ったかのように首をたれた。
円卓の上で戦っていた桃色のドラゴンに、桃色の髪を持つ人間の少年が見事、勝利したのである。
マユランの予想通りの結果に終わり、女王ユナは悔しそうに目を見張った。
律の演奏は、さらりと撫でる様に柔らかくて優しく、マユランの心を癒すようなメロディーへと変わってゆく。
そして、静寂が訪れた。
律は静寂を突き破る様に、その白い鍵盤部分に触れながら、キラキラとした美しい音色を奏でている。
彼女は想いを込めて、全身全霊で『光になれる』という曲を演奏した。
────少しでもマユランが、元気になってくれますように。
クライマックスの独奏部分を聞くなり、雷に打たれたように目を見開き、さっとマユランは椅子から立ち上がった。
「…………お母様」
大広間の中央の、瑠璃色に輝く玉座の上に突然、ユナの姿が浮かび上がった。
女王のガウンと冠を身に着け、蒼黒の瞳を輝かせ、王座に座りながら冷ややかに、ユナはマユランを見つめている。
『マユラン。あなたには迷惑かけたわね』
心が闇に落ちて、思い出したく無かった記憶までもが次々と呼び覚まされてゆく。
「お母様、本当は生きていらっしゃったの?」
首を横に振りながら、ユナは曖昧な笑みを浮かべた。
「…………もう、お亡くなりになっているのね?」
ユナはこくりと頷き、話し出した。
『マユラン、我らは時の王。時の輪を見ながら、あなたが選ぶのよ』
マユランとユナの間に、ひとつの円卓が現れた。
その上では黄金の光が、円状になってグルグルと回っている。
いつも冷酷で、『自分勝手』という言葉がぴったりだった、母。
生き生きとした彼女の笑顔が見れたのは、本当はたった一度きり。
マユランが菓子のクリームを頬につけたままだった時、乾いたような冷笑の声をあげたきりだった。
ずっと自分の気持ちを、マユランは都合よく騙していた。
ユナの態度にはいつだって、愛情など微塵も感じられ無かったのである。
それでもずっと、その時の母の笑顔は、残像として記憶に残っていた。
笑顔の奥にある優しさを信じていなければ、とても一緒に生きてはいけなかった。
父であるスウ王や、マユランの兄や姉たちは誰も、ユナの笑顔を見たことが無い。
ユナは一番大切にするべき家族の心を、残酷な仕打ちでズタズタに切り裂いて傷つけた挙句、殺してしまったのである。
それでもずっとマユランは、彼女を優しくて温かい母だと、信し続けなければならなかった。
母との関係を心の中で、出来るだけ美化していたかった。
愛し続けていたくて、心をバラバラに切り刻むことを選んだのである。
少しでも前向きに捉えて守り続けなければ、恐ろしいくらい醜い自分の心に、壊されてしまいそうだったから。
母を悪く思わないよう、自分と戦いながら生きる他なかった。
それでも一番下の弟であるナユナンの心だけは守ろうと、信頼できる召使に彼を託して螺旋城から逃がし、自分だけは最後までこの城に残ろうと決めたのだ。
命が尽きるその瞬間まで、あらゆるものから目を逸らし続け、自分と向き合おうとしなかったユナは、マユランにとって『混沌』そのものだった。
マユランは、そんな母と向き合わないことで、自分の強さを保っていたのである。
そして…………最後は一人ぼっち。
「…………選ぶ?」
ユナは広間の中央にある円卓の上に杖を向け、一筋の光を当てた。
グルグル回りながら黄金色に輝く、時の輪の中心部。
そこに、二体の生き物が向かい合っているのが見える。
『ほら、戦いが始まるわ。今、彼の中にある魂の核……開陽どうしが戦っているの。マユラン、どっちが時間の主導権を握って、勝つと思う?』
「ドラゴンと人間が?」
『どちらも同じ『大地』という少年の、魂なのよ』
小さな二体の大地は、自分達を見下ろしてギャンブルに講じようとするマユランとユナに、まるで気づいていない。
小さな桃色のドラゴンと、桃色の髪をした人間の少年は、見つめ合っている。
『気の毒だこと。どうせ自分同士で向き合ったって、最終的に『楽ができる方』が勝つに決まっているのにね』
「…………そうかしら」
マユランは異を唱え、不安そうに律を見た。
律は、ユナや小さな二体の大地が登場したことに気づいていないのか、今まで通りピアノを弾き続けている。
徐々にピアノの音色は、何かを心から応援するような、力強いものへ変わってゆく。
『私はドラゴンが勝つと思うわ。だってドラゴンの方が断然、強いんですもの』
ユナはこう言って、桃色のドラゴンの方を指さした。
確かにドラゴンは強い。
だけど、力が強い方が勝利して、いつまでも生き残るとは限らない。
『────マユラン。あなたも今、どちらかを選ぶのよ』
ユナは、どっちの大地が勝つのか、マユランにも選ばせたくてこう言ったようだ。
マユランはこの時、これからも螺旋城の王女マユランとして生きていくか、それ以外の生き物となって生きるかを、ユナから尋ねられたように感じた。
これは罠?
母は何を考えているのだろう?
ユナの真意がマユランにはさっぱりわからない。
でも、もうきっと、螺旋城は、この世は、全ておしまいになるのだろう。
最後なら一度くらい、目の前にいる母とギャンブルに講じたっていいでは無いか。
時計の針が、三時を刻む。
ゴーン…………
ゴーン…………
ゴーン…………
ステンドグラスの窓から、熱いくらいの光が大広間へ降り注ぐ。
母に対する深い憎しみが、自分の中で眠っていたことに、気づきたく無かった。
この気持ちと向き合うのが、マユランはずっと怖かった。
この城を、大好きな家族を、永遠に大切にしながら守っていたかった。
醜さからは目を背けて、美しい面だけを見ていたかった。
その方が城を出る事を考えるよりはるかに、楽だったから。
それが、いけなかったのだ。
自分の本当の心と正面から向き合ったその途端、マユランには螺旋城が、今までに感じたことの無いくらい、醜くて腐臭が漂う場所のように感じられた。
もう、この城に留まって、わけのわからない『誇り』を守るのは、もうやめよう。
ああ、でもこれからは一体誰が、自分を守ってくれるのだろう?
いくら自分を鍛えて強くなったって、外で生きるには不安がいっぱいある事に、変わりはない。
目の前で円卓を覗く母と目が合う。
何だか可笑しくて、笑ってしまう。
まさかこうして遊ぶなんて!
この賭けが終わったら一度、螺旋城の外へ出てみよう。
外の世界に飛び出してみよう。
自分は孤独なのだという事実と、ちゃんと正面から向き合ってみよう。
今まで守ってくれていた、この温かな城には、心から感謝しながら。
マユランの心は今、深い混沌の闇をスッキリと払おうとしていた。
もう決して、考える事から逃げたりはしない。
どこにいたって、自分は自分だ。
ほら。律のピアノが、どんな心でもしっかりと支えてくれるではないか。
「…………私は、人間の彼の方が勝つと思う。彼はどうやって戦うかを、考えてるみたいに見える。最後に勝つのは、きっと彼よ!」
母はマユランを、人間の大地を、思いっきり罵り、嘲笑った。
「本当にあなたは、あなただけは、面白い子ね。マユラン」
戦いが始まった。
桃色のドラゴンは恐ろしい威力を持つ禁断の黒い炎をその口から、いくつもいくつも吐き出した。
炎は人間の大地少年に向けて放たれ、次々と命中してゆく。
これでは、あっという間に人間の大地が灰になり、死んでしまうだろう。
真っ黒で大きな球状の力が増幅され、彼らのまわりを大きく包み込み、何もかもを見えなくしてゆく。
────だが。
時間の経過と共に、闇が綺麗に吹き飛んで、再び人間の大地が姿を現した。
「…………生きてる」
マユランはホッとした。
大地少年が死んでしまったのかと思い、とても心配になったから。
それにしても一体、大地はどこに逃げていたのだろうか。
ドラゴンの炎に包まれたはずなのに、力は全て人間の彼の体をすり抜け、ダメージが無かったようである。
そして、人間の大地が反撃に転じた。
彼が手にした海のような色の、太くて長い杖の先から白い光が放たれた途端、桃色のドラゴンは悲鳴を上げ、我に返ったかのように首をたれた。
円卓の上で戦っていた桃色のドラゴンに、桃色の髪を持つ人間の少年が見事、勝利したのである。
マユランの予想通りの結果に終わり、女王ユナは悔しそうに目を見張った。
律の演奏は、さらりと撫でる様に柔らかくて優しく、マユランの心を癒すようなメロディーへと変わってゆく。
そして、静寂が訪れた。