桃色のドラゴンと最強神~ドラゴン・ノスタルジア ~∞クスコ∞

咲き乱れた白い花

「私はあなたを一番、大切にしたい」

 ユナは、スウ王子の言葉の中に真実を感じ取った。

 心にあった『何か』が音を立てて壊れ、新たに生まれ始める。

 スウ王子の計らいにより、地下の隅にある広くて温かい部屋へと運ばれ、大地はベッドに寝かされていた。

 螺旋城の中には今やびっしりと、白い花が蔦を張り巡らせている。

 そのせいか、城全体が明るく感じる。

 白い花は地下を通って大地が眠る室内まで蔦を伸ばし始め、彼の鼻先に甘やかな香りを伝えている。 

 花が自らが光を放って躍動したと思ったら、不思議な現象が起こり始めた。

 パラパラと、城についていた汚れが落ち始めたのである。

 城の中が磨かれるようにどんどん明るくなり、さらに光り輝いてゆく。

「わぁ…………!」

 ユナとスウ王子は目を見張った。

 行き止まりだったはずの城の中の回廊は、全てが地下へ真っ直ぐ通じる道となり、徐々に何もかもが繋がってゆく。

「…………これは一体…………この城では、何が起こっているのだろう?」

「…………」

 ユナとスウ王子の前にも白い花がぽつぽつと咲き始め、いい香りが漂ってくる。

 飴細工の子供たちは暇を持て余した様子で、スウとユナのまわりをウロウロし始める。

「おとうさまー、おかあさまー。これなーに?」

 既に、スウ王子は『おとうさま』と呼ばれている。

「これジュース? 飲んでみたーい」

「え? ジュース?」

 すると。子供達の声を聞いたかのように、白い花がコップのような形に変わり、飴細工の子供たちの手の中におさまった。

 コップの底からは甘い香りのする密があふれ出たため、飴細工の子供達は嬉しそうな歓声を上げ、ごくごくとその密を飲み始めた。

「あっ!」

 ユナは慌てて止めようとしたが、もう遅い。

「おいしい!」

「ホントだ、おいしいね!」

「そ、そう。ビックリした…………飲めるのね? 良かったわね」

 彼らはすっかりご機嫌になり、にこにこと笑い始めた。

 どこかから優しい、ワルツのような音楽が鳴り響く。

 まるで結婚式の時に見せてくれた、華麗なステップを再現してくれたかのように、飴細工達はクルクル回って踊り出す。

「…………この音は……」

 するとその瞬間、白い花が大地の口元と近づき、甘い香りのする密を彼の口の中に数滴たらした。

「大地…………!」

 大地が息を吹き返したように見えて、ユナと王子はハッとなり、彼が眠るベッドへと近づいた。

 密を飲んでも相変わらず彼は、すやすやと眠り続けている。

 心なしか、表情がとても楽になったように見える。

 白い茎を持つ花は再びどんどん蔓を伸ばし、ふわりと大きな蕾をふくらませ、たくさんの花を咲かせている。

 速いようでゆるやかで、細いようでしっかりと、地下にある部屋という部屋までどんどん伸びて、ついに螺旋城があった場所……地上へと顔を出した。

 咲いていく。

 咲いていく。

 咲いていく。

 白い花はどんどん蔓を伸ばしながら、何かを待っているかのように螺旋を描く。

「どうしてでしょう…………」

 この白い花を見ると、ユナは自分の心の醜さを思い知る。

「私の心に浮かんだ悪意が、恩人である大地をこんなにも苦しめたのです…………」

 ユナの表情からは後悔や、愁いや、揺らぎや、やるせなさが伝わって来る。

「もうお気づきだと思いますが、私はスウ様を殺して、螺旋城を粉々に破壊しようとしておりました。もし子供が生まれたら、散々いたぶった挙句、呪い殺そうと思っておりました。螺旋城を愛するなど私には、思いもよらなかったからです」

「ユナ…………」

 スウ王子の静止を振り切って、ユナは過去にあった事を話し出した。

 懺悔をするように。


『螺旋城へ嫁ぎなさい』


 母の命令を聞いた瞬間、ユナは全てを悟った。

 自分は売られるのだと。

『光る魂』が有り余る岩時国だが、高天原からの援助がなければ到底生き残れない。

 だが本物の魂を作り出せない螺旋城と結ばれれば、形式上は全て上手くいく。

 過去に魂ある生き物を搾取し過ぎた螺旋城は、勢いのある岩時国を頼る他はない。

 歴史ある螺旋城は大変卑劣であり、魂などは偽物をかけ合わせて作っているという噂を聞く。

 嘘がまかり通る螺旋城では、他国を欺く事を正当化しているとも聞く。

 礼も尽くさず恩恵も与えず、搾取した後は何もかも放ったらかしで、他国がどうなろうと知った事ではないという態度なのだとも。

 完成された国のように見せかけて未完成であり、中身は空っぽであるとも聞く。

 螺旋城の肉片で作る、魂が無くて醜い生物を、他国の者に食べさせるとも聞く。

 体よく魂ごと売られるような形でそんな国の、会った事の無いスウ王子のもとへ無理やり嫁がされるのは、我慢ならなかった。

「私はスウ様に直接お会いしたわけでも無く、螺旋城の状況をこの目で確かめたことも無かったのに。ただ噂だけを鵜呑みにし、何も知らない自分を棚に上げ、悪意と嫌悪のまま皆殺しにして、自分も死にたい、などと思っておりました」

 時の神スウとユナが結婚すれば、かつて高天原で失脚した一族は永遠に安泰。

 だが、この結婚による恩恵を受けられるのは、再起をかけたユナの身内だけ。

 ユナにとって岩時国は豊かで愛情に満ちた、温かな記憶であって欲しかったのに。

 心から愛し合っていた人はユナと同種族で、しかも同じ姓を持つ血縁だった。

 強く惹かれ合い愛し合っていたので、兄妹同然の彼と引き裂かれるなど、思いもよらなかったのに…………

 最終的にユナの恋人は、生まれた時から定められていた結婚の方を選んだ。

 ユナには『幸せを願っている』と言いながら、自分が誰よりも幸せそうな顔をして、先に別な女性と結婚してしまったのである。

 その瞬間、ユナの全てが『憎しみ』へと変った。

「私は最低最悪の女です。スウ様をこの手で殺し、真実を見ないまま、螺旋城を内側から破壊するところでした」

 岩時国への思い入れや愛情や未練や執着が裏返り、自暴自棄になった自分の末路。

 見なくたってわかる。

 怒れば、憎悪が宿る。

 蔑めば、嘲りが宿る。

 そこに愛は生まれない。

「憎しみを解き放つチャンスを、私は得てしまいました。恐ろしい桃色のドラゴンが放った力は大地のものでは無く…………私自身だったのです」

 ユナは震えている。

 彼女の頬からはらはらと、何もかも洗い流す様に、ただ涙が流れ落ちた。

「あの神輿に乗ると決めた瞬間、そんな思いは断ち切らなければならなかったのに」

「全て夢だったと、割り切ればどうなのだろう」

「…………?」

「私は君に約束する。一緒に螺旋城を良い場所にするため、精一杯の事をすると誓うよ。だから、私の元にいてくれないだろうか、ユナ」

「スウ様…………」

 スウ王子がユナの肩に手を乗せ、笑いかけた。

『…………あーもう…………』

 どこかから声がしたが、小さすぎてスウ王子とユナには聞き取れなかった。

「泣けば悲しみが心に宿る。だからもう、笑って」

「…………はい」

 スウ王子は、ユナをそっと抱き寄せた。

『………イチャイチャすんなら、よそでやれよ』

「?」

「今、どこかから声が」

「あなた達、何か言った?」

 大人しくジュースを飲んでいた飴細工達は、全員同じ動作で首を横に振った。

「ううん」

「ぼくたちじゃない」

「わたしたちじゃない」

「??」

 スウ王子とユナは、ベッドにいる大地を見た。


 ブスッとした表情をしながら、彼は目を開けていた。
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