桃色のドラゴンと最強神~ドラゴン・ノスタルジア ~∞クスコ∞

最強神のトリセツ

「その花はお前だけのものでは無いぞ、深名斗」

 爽は深名斗の方へ歩み寄った。

「白い方の花は、深名孤に返せ」

(ソウ)か。僕がお前の言う事を、聞くとでも思ったか?」

 深名斗は目を瞑り、深呼吸を繰り返す。

 息を吸い、吐き出すたび、生気が蘇っていくようだ。

 爽は杖を構え、覚悟を決めた。

 深名斗と戦って生き残れる可能性がある神は、現時点だと爽だけだろう。

 深名斗が両目を開けた途端、爽の横から二体の霊獣が飛び出してくる。

 狼と鳳凰のキメラと、小さくて俊敏な狛犬──ジンとシュンである。

「身を守って下さい!」

 ジンの声で我に返り、大地は危機を察知し、天璇(メラク)を放ってマユラン達を包み込む。

 深名斗が吐き出した息と、睨みつける視線が黒い球体へと変化し、全員に向けて襲いかかる。

「何だ…………? どうして深名斗が『黒天枢(クスドゥーべ)』を使える?」

 教えろと、言っていたはず。

 目の前の光景が信じられず、大地は口を大きく開けた。

 シュンはオレンジ髪の人間に変身し、空の上でキメラの背中に飛び乗った。

 黒い球体に吞み込まれたら、あっという間に消されてしまう────

 ────この場にいる誰もが、そう感じた。

 大地はすかさず白龍の姿に変化した。

 深名斗は大地に憎悪の視線を向ける。

「どうして白龍になった? 大地」

「知らねぇよ」

「その姿も、その声も、全てが…………気に入らない」

 大きく息を吸った深名斗は、黒い球体を大地に向けて何度も放つ。

 大地の天璇によって、ぶつかった球体が全て弾き飛ばされた。

 球体の衝撃に耐えきれず、天璇のバリアはミシミシと音をたてて破壊されてゆく。

 ジンはジグザグに飛びながら前進と後退を繰り返し、黒い球体を回避しながら深名斗に向かって突撃している。

 彼の背に乗ったまま、シュンは飛刀を両手で放つ。

 深名斗の両目に飛刀が命中した。

 黒天枢は力を失い、一瞬のうちに全てが消え去る。

 だが、深名斗自身に致命傷を与える事が出来ない。

 首に破魔矢を貫いたまま、深名斗はケタケタと薄笑いを浮かべ、また息を大きく吸い込んで、喉の奥から巨大な黒い球体を何度も何度も吐き出してくる。

 ゴウッ!

 ゴウッ!

 ゴウッ!

 この場にいる誰もが思った。


 対抗したところで勝ち目は無いと────


「………これで済むと思うなよ、深名斗。この世界はお前の思い通りにはならない」


 爽は深名斗に向けて術を唱えた。


天空時(トウロス)


 天界における術式の中では最大級の力を誇る、時を止める呪文。


 天空時(トウロス)は螺旋を描いて深名斗の黒球に当たり、その力を封じ込める。


 …………と思われたが。


 二つの力は空中で激しくぶつかり合う。


 やがて黒い球体が勢いを増して天空時(トウロス)を分解し、大地が作った天璇同様に破壊してゆく。


 バチバチッ!


 バチバチッ!


 天空時(トウロス)は粉々に破壊された。

 小さなナユナンを狙い定め、黒い球体が勢いよく襲い掛かる。


 ゴウッ!

 ゴウッ!

 ゴウッ!


「痛いっ! 痛いようっ!」


 黒い球体はナユナンの体をじわじわと包み、吸いこみ始めている。

「ナユナン!」

 マユランは悲鳴を上げ、ナユナンに駆け寄ろうとした。

 大切な弟がターゲットになっている。何としても阻止しなくては!

 梅はマユランの腕を引き寄せ、首を横に振った。

「彼らに任せましょう」

「…………!」

 ナユナンが黒い球体に吸い尽くされそうになったその瞬間。

 ジンの背の上で、人間の姿に変化したシュンが、ナユナンの体を引き寄せた。

 キメラはナユナンの体を背に乗せることに成功し、天高く羽ばたいてゆく。

 シュンはナユナンの体についた火の粉を払い落し、癒しの術をかけて命を救った。

 もっと上空まで行けば、球体はナユナンを集中攻撃できなくなる────


 そう判断した直後。


 バチバチッ!

 バチバチッ!


 バチバチッ!

 バチバチッ!


 時空間に歪みが発生した。

 ジンと彼の背に乗った二体があっという間に、大きな時空の渦の中へ巻き込まれてしまった。


「ナユナン!」


 マユランとユナは同時に叫んだ。






 






 高天原の中心にそびえる『桃螺(トウラ)』最上階にて、光の神・遊子(ユウシ)は声をあげた。

「あー。これじゃ爽様まで、巻き添えくって殺されちゃうよ…………!」

 ついに、不安が現実になってしまった。

 最強神の側近達は、灰色のゲーム機みたいな『人間世界』に映る、螺旋城の様子に驚愕していた。

 人間世界では今まさに、最強神・深名斗が暴走を始めている。

 現在、地下深くにある青い湖のほとりが画面に映し出されていた。

『……欲しいなら人間の世界を』
『修理します! します! 僕が丁寧に、修理してみせます!! 安心して爽様は、螺旋城でもなんでも行って来て下さい!!!』

 遊子(ユウシ)(ソウ)とのやり取りを、苦々しく思い出していた。

「あー…………これじゃ全員、深名斗様に殺されちゃうじゃん! 爽様が死んじゃったら誰が、発売前の『どぎメモ5』くれるんだよ! この嘘つき!」

 遊子は『人間世界』を両手で握りしめながら、焦りの表情を浮かべている。

「爽様が死んだら僕は何のために、人間世界を修理してるんだー------!」
 
「うるっっっさい!」

 氷の神・冷那(レイナ)にバシッと後頭部を叩かれ、遊子は手に持っていた小型の杖をぼとっと取り落とした。

 同時に、両手で握りしめていた灰色のゲーム機の形をした『人間世界』も落とす。

 ガシッ!

「…………危ないじゃ無いか!」

 地面に落ちる寸前のところで、(いかづち)の神・聖牙(セイガ)が『人間世界』の方だけキャッチしてくれた。

「仲間割れしてる場合かー!」

 聖牙(セイガ)は遊子に『人間世界』を返しながら叫んだ。

「気をつけろ! もう一度落としたら今度こそ、動かなくなるかも知れないぞ?! あっっ……また偏頭痛が……」

「ごめん聖牙(セイガ)

「聞こえたぞえ…………」

 姫毬の姿をしていたはずの深名孤は、その姿を小さなドラゴンに変化させていた。

 深名孤の目は見えなくなっており、声もすごく弱々しい。

 テーブルの上にちょこんと乗っていた彼女は、弱々しい声で遊子に尋ねる。

「おぬし、さっき何というた……」

「え? あの、『どぎメモ5』がもらえなく」
「その前じゃ」

「…………あ、『爽様が深名斗様に殺されちゃう』ですか?」

「うむ。人間世界へ行ってくれと頼んだのは、他でもないこのワシじゃ。爽が殺されるような事があってはならぬ……深名斗はどうしておる」

「破魔矢の力を得て、魂の花を二つとも抜いちゃいました。しかも、黒天枢を使えるようになったみたいです。同等の力を持つ神くらいなら、殺しちゃうかも」

「まことか…………人間を、爽を、大地を、早く、助けに行かねば…………」

 息をするのも辛そうな様子で、深名弧は声を発してている。

「大変恐ろしい状況です。……今、久遠(クオン)様があちらへ向かっています」

 深名孤は目を閉じた。

 死を目前にした表情で。

 こうなれば深名斗に影響を与えられる神が、高天原から制裁を下すほか手は無い。

 深名斗と同等の力を持つ『神』といえば…………。

 桃螺に集う全員が、深名弧の方を見た。

 彼女はどんどん小さくなり、苦しそうにうずくまっている。

「ワシャもう死ぬ、きっと死ぬ。死んじゃうかーもー知ーれーぬー…………力が無くなりつつあるのじゃあー…………」

 側近たちは、どう見ても瀕死状態にある深名弧を哀れに思った。

 だが死ぬ死ぬ言ってる輩ほど、何故か死なないものである。

 人間世界で生き生きとしている深名斗がそのいい例だ。

 死にそうで死なない。

 周りに散々迷惑ばかりかけるくせに。

 側近達の中でただ一人、静かに人間世界の画面だけを見ていた遊子が首を傾げた。

「うーん……読めない」

「どうしたの? 遊子(ユウシ)?」

 氷の神・冷那(レイナ)は遊子の横から、人間世界を除き込んだ。

「これさ、人間の言葉で書いてあるみたいなんだけど。君読める?」

「…………うん。え、ちょっとあなた、人間の言葉も読めないで神やってたの?」

「いいから読んでみて」

「何の説明書(チュートリアル)?」

 覗き込んだ狭霧に、遊子が答える。

「深名孤様の取り扱い説明書」

 ?????

 側近全員の脳内が、ハテナマークでいっぱいになる。

 氷の神・冷那(レイナ)は声を上げて、説明書を読み上げた。


「深名孤様を元気にするには」


「「「「元気にするには?」」」」」


「『温泉』と『イケメン』を与えよ」


「…………?!!!」


 側近全員が絶句した。


 温泉とイケメン…………


 ってどこの(腐)女子?!


 ウソでしょ?!


「……なるほど」

 冷那(レイナ)は理解できたらしく、側近以外の神々に向けて号令を放った。


「誰か早く! 温泉とイケメン持ってきてー!!!」


 神々は大至急、高天原一の温泉つきホテルへと深名弧を連れて行った。

 持ってくるのは無理だったため、連れて行ったというわけである。

 最上級の『~地獄から天国温泉~高天原ロイヤルホテル』へ。

 白龍姿のまま深名弧はドボン! と、温泉の中へ入れられた。

「ふわぁ~お…………こりゃ極楽じゃのう♡」

 みるみるうちに深名孤は、力を回復させてゆく。

 息を吸い、吐き出すたび、彼女の生気が蘇っていく。

 目の力が甦り、見える様になってゆく。

「ハァ~たまらんな……」

 狭霧(サギリ)冷那(レイナ)に体を拭いてもらった深名孤。

「おお…………イケメンじゃのう」

 姫毬に変身して、多種多様なイケメンホテルマンに、チヤホヤされた深名孤。

 豪華な食事をたらふくとった深名孤。

「時に休息は………必要じゃわい」

 ようやく深名孤は、本来の力を取り戻し始めた。


「みな感謝するぞ! ようやくこれで戦える! むひひ………」


 変態にもさらに、磨きがかかった。
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