桃色のドラゴンと最強神~ドラゴン・ノスタルジア ~∞クスコ∞

家族の絆

 時空の渦が発生し、ナユナン、シュン、ジンがその犠牲になった。

 爽の天空時(トウロス)が深名斗の黒天枢(クスドゥーベ)に当たり、その力を封じ込めたまでは良かったが。

 天空時(トウロス)は、四方八方に飛び散った。

 壊れた天空時(トウロス)は、どんな事物とも絶対に混ざり合わない力であるため、爽が杖の中に全て回収するまでの間、空中に留まったままだったのである。

 そのタイムラグが良く無かった。

 螺旋城に時空の歪みが生じた瞬間、爽が放った天空時(トウロス)のかけらが『歪み』の渦に、いくつかそのまま吸い込まれてしまった。

 そのせいで時間の不具合が一層深刻化し、ジン達が取り込まれてしまった。

 さすがの深名斗もこの現象には面食らったが、なおも薄笑いを浮かべている。

「……全て終わりにしてやろう」
 
 自分を受け入れない霊獣が、爽をはじめとする神々が、白龍が、人間達が、憎くて憎くてたまらない。

 先ほど爽に言われた一言が、深名斗の頭にこびりついて離れない。

『この世界はお前の思い通りにはならない』

 何を馬鹿な。

 思い通りにならない事など、今までひとつも無かった。

 永遠に思い通りのままだ。

 深名斗は魂の花をふたつ同時に口の中へと放り込み、ムシャムシャと食べ始めた。

「わっ…………食っちまった!」

 声を上げながら大地は、思い出した。

 腹が減って、自分が死んでしまいそうだった時…………

 白い方の花を自分も、食べようとした。

「おえっ…………」

 見ているだけで大地は何故か、気持ちが悪くてたまらなくなる。

 律は、いつの間にか人間の姿に変化していた大地の袖を握り、震えながらこのおぞましい光景に見入っている。

 この場にいる誰もが同じ思いを抱いた。

 ────最も残虐で、見てはいけないものを見せられているような気分だ、と。

 もぐもぐと口を動かし、深名斗はついに「ごくり」と、二つの花を飲み込んだ。

 すると。

 彼の尻尾の先に、黒い花がパッと咲いた。

 深名斗の体に力が溢れ、みなぎってゆく。

「爽よ。お前は今までずっと深名孤のために、僕の指示に従っていたというのか?」

 爽は首を横に振った。

「違う。私はずっと『深名様』に従ってきた。お前だけに従うことは出来ない」

「魂の花を二つ飲んだぞ。これで僕だけが最強神のはずだ」

「屁理屈を言うな。お前は最強神などでは無い。ただの赤ん坊だ」

 吐き気がしてきた深名斗は、「ペッ!」と白い花だけを吐き捨てた。

「腹の底からムカムカがこみ上げる…………」

 汚らわしいものを見るように、深名斗は白い花を睨みつけている。

「こんな花……僕には必要無い!」

 白い花は元の形を保ったまま、地面の上で燦然と輝きを放っている。

 マユランは恐る恐るその花を拾い上げ、すぐ傍にいた大地に手渡した。

 大地は、マユランから受け取った白い花を懐の中にしまった。

『今度こそ、無くすわけにいかねぇな』


「もう全てが不要だ。お前らを全滅させてやる」

 もう一度深名斗が息を吸い込み、黒天枢を吐き出そうとしたその瞬間。

 目の前に突然、もう一体の白龍が現れた。

 風の神・久遠(クオン)である。

「父さん!」

 大地は目を丸くした。

 父が人間の世界に来れるようになったことに驚き、同時に嬉しさがこみ上げる。

 白龍・久遠は落ち着き払いながら、深名斗にこう進言した。

「深名斗様、大変です」

 深名斗は久遠の出現に驚いて手を止め、黒天枢の発動をやめた。

「久遠か……今は取り込み中で忙しい。だが、何が大変なのだ!」

 久遠は杖を取り出し、術を唱えた。

「こちらをご覧ください」

 深名斗の目の前に映し出されたのは、高天原で温泉につかりながら極楽の笑みを浮かべる、姫毬姿の深名孤だった。

「…………深名孤!」

 さらに久遠は、映像を変えた。

『ハァ~たまらんな……』

 今度は豪華な食事をとりながら、深名孤がマッサージを受けている。

『おお…………イケメンじゃのう』

 選りすぐりのイケメンたちに。

『時に休息は………必要じゃわい』

 映像がプツンと切れ、同時に深名斗もプツンと切れた。

「あの女はこんな時だというのに、高天原で何をしているのだ!!」

「まことにその通り」

 久遠は頷き、深名斗の言葉に同調した。

「深名孤様は現在、『極楽』に浸りきっております」

「ずるいぞ!」

 深名斗は、怒りと羨望と嫉妬の表情をありありと浮かべた。

「あの女はいつもそうだ! 許せない! そうだ、僕も温泉に入ってやる!」

 すっかり戦いの事などどうでも良くなり、深名斗は温泉に入ることで頭がいっぱいになっている。

「本来なら自分があの場所で温泉につかり、美女に囲まれながらウハウハと、楽しい思いをして然るべきなのだ! そうではないか? 爽」

「は? …………まあね、同じ深名様だし。いいんじゃない? 別に」

「無駄なパワーを使う事に何の意味がある? 相手にする価値の無い下賤な連中と戦い、この僕が命を削る理由など無いではないか?」

 爽は大人しく頷いて見せる。

「(若干引っかかりを覚えるが)確かに温泉に浸かる方が戦うより、はるかに有意義かもね」

 こちらもこれ以上戦わされては、たまったものではない。

 温泉に入り、少し気持ちを落ち着けてもらおう。

「この世界に温泉は無いのか……?」

 深名斗の問いに久遠が答えた。

「もちろん、とびっきり極上の温泉がございます。深名様がお作りになったこの世界に温泉が無いはず、ないじゃありませんか」

 久遠はさらに説明した。

「そもそも高天原にある『温泉』は全て、人間世界の『温泉』を模したものです。この世界には何と、『温泉』の原点ともいえる、『本格派温泉』がございます」

「本格派温泉?」

 久遠は頷いた。

「はい。本格派温泉の他にはライト温泉、子供用温泉、大人しか入れない温泉、近未来を模したSF温泉など、多種多様なものがございます」

「…………ライト温泉とは一体、何なのだ?」

 深名斗の問いに、久遠は頷いた。

「大変良いご質問です。ライト温泉をライト温泉として明確に定義づけるものは、現時点ではございません。後世の温泉評論家が客観的な視点できちんと分類するでしょう。しかし主観的かつ性急に『温泉』を分類したがる者が溢れているのが現状です。とりあえず今は『香りが良くて入りやすく、リラックスできる温泉』をライト、『臭いがキツくて熱すぎるけど何とか入れないことも無くて、体に良い成分が含まれているためクセになっている者が多い温泉』を本格、と思っていただければ結構です」

「……ふーん。本格派温泉は面倒臭そうだな。ライトにも興味が湧いたぞ」

「ではこちらへ。ご案内いたしましょう」

「うむ」

 久遠は深名斗の手を引き、術を唱えて颯爽と螺旋状から去って行こうとする。

「あ。父さん」

 呼び止めた大地に、久遠は少し振り向いて微笑んで見せた。

『何も心配いらない。囚われた人間を早く救い出せ』

 久遠の目は、そう言っているように見える。


 深名斗に気づかれないように、大地は力強く頷いた。


 ぽかーん。


 この場にいる全員が深名斗と久遠の会話を思い出し、あまりの意味不明さにフリーズし、それから急に我に返った。

 深名斗がいなくなったことは有難いが、ナユナンやジンやシュンは戻って来ない。

「ナユナンが…………」

 ユナはショックと後悔に打ちひしがれ、自分が情けなくなって涙を流した。

 息子を守ってあげられなかった。

 親だというのに、自分は何と非力なのだろう。

 マユランはそんなユナを抱きしめ、励ますように優しく、震える母の背を撫でた。

「ねえお母様。私、ナユナンはいつの日か、螺旋城へ帰って来ると思うわ」

「…………マユラン」

「泣かないで、お母様。あの子は私達兄妹の中で、一番強い子よ。ナユナンが帰る日に備えて、迎える準備をしながら待ちましょう」

「心配するな」

 大地はユナとマユランに言った。

「ナユナンの居場所を突き止めて、俺がここに連れ戻してきてやるよ」

 ナユナンの失踪は、さくらや凌太が囚われた場所と関係がありそうだ。

 大地の勘がそう告げている。

 ユナとマユランは頷き、希望が湧いた。

「そうね…………きっと帰って来る。大地、あなたを信じて待っています」

 ユナは言った。

「ナユナンが帰ってきたらその時こそ、あの子を大切にするわ」

「いやだわ、お母様。いつだってずっとナユナンの事、大切にしていたではありませんか」

「…………そうかしら」

「そうよ」

 マユランの心に、今まで過ごしてきた日々が甦った。

 いつも笑顔で前向きに、理想を持って楽しく過ごした、家族の日常。

 ときにはユナが、傲慢で独裁的になる事もあったけれど。

 間違った後きちんと子供達に謝り、二度と同じ過ちを繰り返す事はなかったユナ。

 そんな彼女を手本にして、子供達は真っ直ぐ健やかに育っていった。

 たとえ重い病気にかかろうとも、助け合うことと励まし合うことを忘れなかった。

 どんなに小さなことでも、それぞれのやり方で感謝の気持ちを伝えあった。

 マユランは懐かしく思い出す。

 洋服の絵を描くのがとても上手だったナユナン。

 面白い事を思いつくのが得意だったナユナン。

 甘えん坊のナユナン。

 我儘なナユナン。

 母を笑顔にするのが一番上手だったナユナン。

 そんなナユナンの朗らかさと強さが、マユランにはまぶしかった。

 だからずっと、マユランもユナも、ナユナンにこれだけは忘れずに伝えて来た。

 言葉や態度で。

『あなたがとても大切よ。出会えたことに心から、感謝しているわ。生まれてきてくれてありがとう』と。

「ナユナンの強さを信じましょう」

 スウ王もユナも、元飴細工だったナユナンの兄や姉たちも、マユランも、ずっとナユナンを待っている。


 ナユナンには、自分たちの想いと家族の絆が伝わっている。


 それがナユナンの中で明るい灯となり、彼を一生守り続けるに違いない。


 マユランはそう信じていた。
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