桃色のドラゴンと最強神~ドラゴン・ノスタルジア ~∞クスコ∞
気枯れの儀式

ドラゴン・ノスタルジア

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 ふることに伝う


 光と闇が生まれました


 それらは白と黒のドラゴンになり


 互いをもとめ

 
 影響を与え合いました


 その白と黒のドラゴンは


 決して交わることができず


 ぐるぐる
 ぐるぐるぐるぐると


 目にも止まらぬ速さによって


 クスコを追いかけ
 まわり続け

 
 (ともえ)の形を作り出し


 互いの力を吸い


 互いの音を感じ


 互いの色を見つけ


 触れることをもとめ


 深名(ミナ)を創りました。



 我々が住むこの世界は
 こうして生まれたのです。



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 もうすぐ19時になる。

 本を閉じて、目の前に広がる舞台の幕に視線を彷徨わせながら、紺野はパイプ椅子から立ち上がった。

 途中、舞台のリハーサルが何かによって、中断されたような気がする。

 でもそれが何だったのか、どうして自分の思考がその時に途切れたのか、紺野にはもう思い出せなかった。

 この原本の中には『クスコを追いかけ』とある。

「『クスコ』って本当に、あの小さなドラゴンの名前なんだろうか?」

 岩時神楽の舞台のリハーサルがやっと終わり、これから神楽の舞台に立つ高校生メンバーが、入れ替わりながら本殿の中に入って『みそぎの儀式』を行う。

 『気枯れ(ケガレ)』という体になるための『みそぎの儀式』は、神と相対するための大切なお清めと言われ、古くからこの岩時神社で行われてきた。

 遠い昔。

 『気枯れ(ケガレ)』に選ばれた人間は1年から3年の間、誰にも会わず岩時神社本殿の一角だけで暮らし、神と向かい合うための心を作り出したと伝えられている。

 略式に変えられてはいるが、舞台の直前に執り行われる『みそぎの儀式』の裏には、このような古い歴史が隠されていた。

 大きな神社の本殿という場所は本来、神職者以外立ち入り厳禁である。

 しかし岩時神社に限っては、そうではない。

 何が一番大切なのか。

 どういう行いが正解なのか。

 岩時神楽の原本に書かれた物語からは、そういった本質的な問いがいくつも、投げかけられている。

 岩時神楽の舞台に立つメンバーは続々と、本殿の方角へ移動を始めた。

 紺野は歩き出しながら、大地の肩に乗っていたドラゴンを思い出し、独り言を呟いた。

「『クスコ』って何だ……?」

 すると誰かが急に、横から彼に声をかけた。

「どうしたの? 紺野君」

 筒女神の白装束を着た、さくらだった。

「……! ああ、委員長か」

 気づかなかった事を恥じるように、紺野は苦笑いした。

 提灯の赤い灯りが、彼女の頬のラインを美しく照らす。

「もう委員長じゃないよ」

 紺野は急に、蒸し暑さが増したように感じた。

「そうだったね、ごめん。何だか癖で……今度からは名前で呼ぶよ」

 さくらは頬をふくらませつつ、紺野に向かって笑いかけた。

「何度も言ってるのに。本当は名前で呼ぶ気無いでしょう」

 去年委員長をやっていたさくらを、紺野はいつの間にか『委員長』と呼んでしまう癖がある。

「はは!」

 彼女を苗字や名前で呼ぶ行為が、紺野は何故か気恥ずかしかった。

「はは! じゃないよ、もう」

 こうして二人だけで話す時間が訪れると、他の女子には感じないような緊張を、彼女にだけは感じてしまう。

 その気持ちについて考える事を紺野は、ここ1年くらい避け続けていた。

 深く考えたく無かった。

 よくない答えにたどり着き、傷ついてしまうのが怖いからである。

 舞台の開始に向けて慌ただしく動き回る生徒たちや、雑然とした祭りの雰囲気の中で、紺野にはさくらだけが輝いて見える。

 素顔がもともと綺麗なさくらが、筒女神の衣装や装飾品で立派に飾った姿というのは、鳥肌が立ってしまうくらいに美しいと感じる。

 それは、どうしようも無い気持ちだった。

「さっき言ってた、しっくりこない部分のことを考えてたの?」

 紺野は頷いた。

「読めば読むほど、『岩時神楽』にまつわる謎が深まっていくんだ」

 紺野は自分の両手に握りしめた、かたくて黒い表紙で覆われた分厚い本に視線を落とし、小さなため息をついた。

「特にあの、『クスコ』という名前の意味が、わからないんだよ。このまま僕らは舞台の本番を迎えてもいいのかな、と思って」

 理解出来ない箇所をそのままにして、舞台にしてしまうのは、果たして良い事なのだろうか。

 そもそもこの『岩時神楽の原本』はいつの時代に、どこの誰が書き記し、現代まで残ったものなのだろう。

「クスコの記憶が戻ったら、名前の由来について聞いてみたいよ…………」

「そういえば言ってたね。記憶がおぼろになってるって」

 ふと観覧席を見ると、先ほどまで座って舞台を眺めていた大地とクスコはどこかへ、いなくなったようである。

「どこへ行ったんだろうね? 大地とクスコ」

 紺野はさくらと顔を見合わせ、首を傾げた。

「……夢でも見たような気分だよ」

「でも、びっくりしちゃった! クスコって、すごい高性能ロボットだよね!」

 さくらの言葉に、紺野は心の中で激しいツッコミを入れた。

 いやあれ、ロボットじゃないよ!

 そう言いかけたが、参道の奥から凌太が叫ぶ声に遮られた。

「おーい! お前らの番だ、呼ばれてるぞ!」

「はーい!」

 さくらは凌太に手を振り返し、返事をした。

「行こ! 紺野君」

「……うん」

 紺野はさくらと肩を並べ、凌太が呼んでいる本殿の方角へと歩き出した。





 

 その頃。



「命に別状は無いようです」

 再び傷ついたハトムギに、梅は回復の呪文をかけながら大地に伝えた。

「よかった」

 大地は安心し、胸を撫でおろした。

 だがハトムギは今回、気を失ったまま目を覚まさない。

「ハトムギをこんな目に遭わせやがって。許せねぇな、あのスズネとかいう神」

 梅と大地は相談の末、神社の事務を行う社務所の中へ、彼の体を運び入れる事にした。

 社務所の中はひんやりとしており、梅と大地の他には、人や霊獣の姿はない。

 がらんとした廊下の突き当りには、比較的広々とした畳の間がある。

 通常はその部屋の窓ごしに、神札やお守りなどを販売していた。

 布団を敷いてハトムギをその上に寝かせてから、梅は丸いちゃぶ台をはさんで大地と向かい合った。

 紫色のふっくらした座布団の上であぐらをかきながら、大地はこれまであった出来事を、じっくりと梅から聞き出した。

「……本殿でみそぎを?」

 大地の問いに、梅が頷いた。

「はい。それがこの地に住む人々の、古い習わしのようです。『岩時神楽』という舞台を行う前に、彼らの心を神に示す必要があるとか」

 大地は頭を抱えた。

「……そんな事をあの場所でしたら、ますますヤバい奴らを呼び集めてしまうじゃねぇか。本殿の中は人間以外、強い神や霊獣しか入れねぇんだから」

 梅は心配そうにハトムギに目を向けつつ、大地に話しかけた。

「大地。この地に住む人々や、あなたの婚約者であるさくらに、恐ろしい危険が迫っています」

「……ああ」

「この岩時の地はマナの加護があり、この地に住む人には多くの『光る魂』が宿ります。高天原天神は、それを狙ってくるでしょう」

 大地は頷いた。

「書物によると古い神々だけなんだろ?『光る魂』を食べる奴って。食われた人間ってどうなるんだ? ……死ぬのか?」

 梅は首を横に振り、少し声を震わせながら返事をした。

「死にはしません。ただ、人間として生きていく前向きな気力を失います。それを神々に奪われてしまうのです」


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