桃色のドラゴンと最強神~ドラゴン・ノスタルジア ~∞クスコ∞
気枯れの儀式
ドラゴン・ノスタルジア
********************************************
ふることに伝う
光と闇が生まれました
それらは白と黒のドラゴンになり
互いをもとめ
影響を与え合いました
その白と黒のドラゴンは
決して交わることができず
ぐるぐる
ぐるぐるぐるぐると
目にも止まらぬ速さによって
クスコを追いかけ
まわり続け
巴の形を作り出し
互いの力を吸い
互いの音を感じ
互いの色を見つけ
触れることをもとめ
深名を創りました。
我々が住むこの世界は
こうして生まれたのです。
********************************************
もうすぐ19時になる。
本を閉じて、目の前に広がる舞台の幕に視線を彷徨わせながら、紺野はパイプ椅子から立ち上がった。
途中、舞台のリハーサルが何かによって、中断されたような気がする。
でもそれが何だったのか、どうして自分の思考がその時に途切れたのか、紺野にはもう思い出せなかった。
この原本の中には『クスコを追いかけ』とある。
「『クスコ』って本当に、あの小さなドラゴンの名前なんだろうか?」
岩時神楽の舞台のリハーサルがやっと終わり、これから神楽の舞台に立つ高校生メンバーが、入れ替わりながら本殿の中に入って『みそぎの儀式』を行う。
『気枯れ』という体になるための『みそぎの儀式』は、神と相対するための大切なお清めと言われ、古くからこの岩時神社で行われてきた。
遠い昔。
『気枯れ』に選ばれた人間は1年から3年の間、誰にも会わず岩時神社本殿の一角だけで暮らし、神と向かい合うための心を作り出したと伝えられている。
略式に変えられてはいるが、舞台の直前に執り行われる『みそぎの儀式』の裏には、このような古い歴史が隠されていた。
大きな神社の本殿という場所は本来、神職者以外立ち入り厳禁である。
しかし岩時神社に限っては、そうではない。
何が一番大切なのか。
どういう行いが正解なのか。
岩時神楽の原本に書かれた物語からは、そういった本質的な問いがいくつも、投げかけられている。
岩時神楽の舞台に立つメンバーは続々と、本殿の方角へ移動を始めた。
紺野は歩き出しながら、大地の肩に乗っていたドラゴンを思い出し、独り言を呟いた。
「『クスコ』って何だ……?」
すると誰かが急に、横から彼に声をかけた。
「どうしたの? 紺野君」
筒女神の白装束を着た、さくらだった。
「……! ああ、委員長か」
気づかなかった事を恥じるように、紺野は苦笑いした。
提灯の赤い灯りが、彼女の頬のラインを美しく照らす。
「もう委員長じゃないよ」
紺野は急に、蒸し暑さが増したように感じた。
「そうだったね、ごめん。何だか癖で……今度からは名前で呼ぶよ」
さくらは頬をふくらませつつ、紺野に向かって笑いかけた。
「何度も言ってるのに。本当は名前で呼ぶ気無いでしょう」
去年委員長をやっていたさくらを、紺野はいつの間にか『委員長』と呼んでしまう癖がある。
「はは!」
彼女を苗字や名前で呼ぶ行為が、紺野は何故か気恥ずかしかった。
「はは! じゃないよ、もう」
こうして二人だけで話す時間が訪れると、他の女子には感じないような緊張を、彼女にだけは感じてしまう。
その気持ちについて考える事を紺野は、ここ1年くらい避け続けていた。
深く考えたく無かった。
よくない答えにたどり着き、傷ついてしまうのが怖いからである。
舞台の開始に向けて慌ただしく動き回る生徒たちや、雑然とした祭りの雰囲気の中で、紺野にはさくらだけが輝いて見える。
素顔がもともと綺麗なさくらが、筒女神の衣装や装飾品で立派に飾った姿というのは、鳥肌が立ってしまうくらいに美しいと感じる。
それは、どうしようも無い気持ちだった。
「さっき言ってた、しっくりこない部分のことを考えてたの?」
紺野は頷いた。
「読めば読むほど、『岩時神楽』にまつわる謎が深まっていくんだ」
紺野は自分の両手に握りしめた、かたくて黒い表紙で覆われた分厚い本に視線を落とし、小さなため息をついた。
「特にあの、『クスコ』という名前の意味が、わからないんだよ。このまま僕らは舞台の本番を迎えてもいいのかな、と思って」
理解出来ない箇所をそのままにして、舞台にしてしまうのは、果たして良い事なのだろうか。
そもそもこの『岩時神楽の原本』はいつの時代に、どこの誰が書き記し、現代まで残ったものなのだろう。
「クスコの記憶が戻ったら、名前の由来について聞いてみたいよ…………」
「そういえば言ってたね。記憶がおぼろになってるって」
ふと観覧席を見ると、先ほどまで座って舞台を眺めていた大地とクスコはどこかへ、いなくなったようである。
「どこへ行ったんだろうね? 大地とクスコ」
紺野はさくらと顔を見合わせ、首を傾げた。
「……夢でも見たような気分だよ」
「でも、びっくりしちゃった! クスコって、すごい高性能ロボットだよね!」
さくらの言葉に、紺野は心の中で激しいツッコミを入れた。
いやあれ、ロボットじゃないよ!
そう言いかけたが、参道の奥から凌太が叫ぶ声に遮られた。
「おーい! お前らの番だ、呼ばれてるぞ!」
「はーい!」
さくらは凌太に手を振り返し、返事をした。
「行こ! 紺野君」
「……うん」
紺野はさくらと肩を並べ、凌太が呼んでいる本殿の方角へと歩き出した。
その頃。
「命に別状は無いようです」
再び傷ついたハトムギに、梅は回復の呪文をかけながら大地に伝えた。
「よかった」
大地は安心し、胸を撫でおろした。
だがハトムギは今回、気を失ったまま目を覚まさない。
「ハトムギをこんな目に遭わせやがって。許せねぇな、あのスズネとかいう神」
梅と大地は相談の末、神社の事務を行う社務所の中へ、彼の体を運び入れる事にした。
社務所の中はひんやりとしており、梅と大地の他には、人や霊獣の姿はない。
がらんとした廊下の突き当りには、比較的広々とした畳の間がある。
通常はその部屋の窓ごしに、神札やお守りなどを販売していた。
布団を敷いてハトムギをその上に寝かせてから、梅は丸いちゃぶ台をはさんで大地と向かい合った。
紫色のふっくらした座布団の上であぐらをかきながら、大地はこれまであった出来事を、じっくりと梅から聞き出した。
「……本殿でみそぎを?」
大地の問いに、梅が頷いた。
「はい。それがこの地に住む人々の、古い習わしのようです。『岩時神楽』という舞台を行う前に、彼らの心を神に示す必要があるとか」
大地は頭を抱えた。
「……そんな事をあの場所でしたら、ますますヤバい奴らを呼び集めてしまうじゃねぇか。本殿の中は人間以外、強い神や霊獣しか入れねぇんだから」
梅は心配そうにハトムギに目を向けつつ、大地に話しかけた。
「大地。この地に住む人々や、あなたの婚約者であるさくらに、恐ろしい危険が迫っています」
「……ああ」
「この岩時の地はマナの加護があり、この地に住む人には多くの『光る魂』が宿ります。高天原天神は、それを狙ってくるでしょう」
大地は頷いた。
「書物によると古い神々だけなんだろ?『光る魂』を食べる奴って。食われた人間ってどうなるんだ? ……死ぬのか?」
梅は首を横に振り、少し声を震わせながら返事をした。
「死にはしません。ただ、人間として生きていく前向きな気力を失います。それを神々に奪われてしまうのです」
ふることに伝う
光と闇が生まれました
それらは白と黒のドラゴンになり
互いをもとめ
影響を与え合いました
その白と黒のドラゴンは
決して交わることができず
ぐるぐる
ぐるぐるぐるぐると
目にも止まらぬ速さによって
クスコを追いかけ
まわり続け
巴の形を作り出し
互いの力を吸い
互いの音を感じ
互いの色を見つけ
触れることをもとめ
深名を創りました。
我々が住むこの世界は
こうして生まれたのです。
********************************************
もうすぐ19時になる。
本を閉じて、目の前に広がる舞台の幕に視線を彷徨わせながら、紺野はパイプ椅子から立ち上がった。
途中、舞台のリハーサルが何かによって、中断されたような気がする。
でもそれが何だったのか、どうして自分の思考がその時に途切れたのか、紺野にはもう思い出せなかった。
この原本の中には『クスコを追いかけ』とある。
「『クスコ』って本当に、あの小さなドラゴンの名前なんだろうか?」
岩時神楽の舞台のリハーサルがやっと終わり、これから神楽の舞台に立つ高校生メンバーが、入れ替わりながら本殿の中に入って『みそぎの儀式』を行う。
『気枯れ』という体になるための『みそぎの儀式』は、神と相対するための大切なお清めと言われ、古くからこの岩時神社で行われてきた。
遠い昔。
『気枯れ』に選ばれた人間は1年から3年の間、誰にも会わず岩時神社本殿の一角だけで暮らし、神と向かい合うための心を作り出したと伝えられている。
略式に変えられてはいるが、舞台の直前に執り行われる『みそぎの儀式』の裏には、このような古い歴史が隠されていた。
大きな神社の本殿という場所は本来、神職者以外立ち入り厳禁である。
しかし岩時神社に限っては、そうではない。
何が一番大切なのか。
どういう行いが正解なのか。
岩時神楽の原本に書かれた物語からは、そういった本質的な問いがいくつも、投げかけられている。
岩時神楽の舞台に立つメンバーは続々と、本殿の方角へ移動を始めた。
紺野は歩き出しながら、大地の肩に乗っていたドラゴンを思い出し、独り言を呟いた。
「『クスコ』って何だ……?」
すると誰かが急に、横から彼に声をかけた。
「どうしたの? 紺野君」
筒女神の白装束を着た、さくらだった。
「……! ああ、委員長か」
気づかなかった事を恥じるように、紺野は苦笑いした。
提灯の赤い灯りが、彼女の頬のラインを美しく照らす。
「もう委員長じゃないよ」
紺野は急に、蒸し暑さが増したように感じた。
「そうだったね、ごめん。何だか癖で……今度からは名前で呼ぶよ」
さくらは頬をふくらませつつ、紺野に向かって笑いかけた。
「何度も言ってるのに。本当は名前で呼ぶ気無いでしょう」
去年委員長をやっていたさくらを、紺野はいつの間にか『委員長』と呼んでしまう癖がある。
「はは!」
彼女を苗字や名前で呼ぶ行為が、紺野は何故か気恥ずかしかった。
「はは! じゃないよ、もう」
こうして二人だけで話す時間が訪れると、他の女子には感じないような緊張を、彼女にだけは感じてしまう。
その気持ちについて考える事を紺野は、ここ1年くらい避け続けていた。
深く考えたく無かった。
よくない答えにたどり着き、傷ついてしまうのが怖いからである。
舞台の開始に向けて慌ただしく動き回る生徒たちや、雑然とした祭りの雰囲気の中で、紺野にはさくらだけが輝いて見える。
素顔がもともと綺麗なさくらが、筒女神の衣装や装飾品で立派に飾った姿というのは、鳥肌が立ってしまうくらいに美しいと感じる。
それは、どうしようも無い気持ちだった。
「さっき言ってた、しっくりこない部分のことを考えてたの?」
紺野は頷いた。
「読めば読むほど、『岩時神楽』にまつわる謎が深まっていくんだ」
紺野は自分の両手に握りしめた、かたくて黒い表紙で覆われた分厚い本に視線を落とし、小さなため息をついた。
「特にあの、『クスコ』という名前の意味が、わからないんだよ。このまま僕らは舞台の本番を迎えてもいいのかな、と思って」
理解出来ない箇所をそのままにして、舞台にしてしまうのは、果たして良い事なのだろうか。
そもそもこの『岩時神楽の原本』はいつの時代に、どこの誰が書き記し、現代まで残ったものなのだろう。
「クスコの記憶が戻ったら、名前の由来について聞いてみたいよ…………」
「そういえば言ってたね。記憶がおぼろになってるって」
ふと観覧席を見ると、先ほどまで座って舞台を眺めていた大地とクスコはどこかへ、いなくなったようである。
「どこへ行ったんだろうね? 大地とクスコ」
紺野はさくらと顔を見合わせ、首を傾げた。
「……夢でも見たような気分だよ」
「でも、びっくりしちゃった! クスコって、すごい高性能ロボットだよね!」
さくらの言葉に、紺野は心の中で激しいツッコミを入れた。
いやあれ、ロボットじゃないよ!
そう言いかけたが、参道の奥から凌太が叫ぶ声に遮られた。
「おーい! お前らの番だ、呼ばれてるぞ!」
「はーい!」
さくらは凌太に手を振り返し、返事をした。
「行こ! 紺野君」
「……うん」
紺野はさくらと肩を並べ、凌太が呼んでいる本殿の方角へと歩き出した。
その頃。
「命に別状は無いようです」
再び傷ついたハトムギに、梅は回復の呪文をかけながら大地に伝えた。
「よかった」
大地は安心し、胸を撫でおろした。
だがハトムギは今回、気を失ったまま目を覚まさない。
「ハトムギをこんな目に遭わせやがって。許せねぇな、あのスズネとかいう神」
梅と大地は相談の末、神社の事務を行う社務所の中へ、彼の体を運び入れる事にした。
社務所の中はひんやりとしており、梅と大地の他には、人や霊獣の姿はない。
がらんとした廊下の突き当りには、比較的広々とした畳の間がある。
通常はその部屋の窓ごしに、神札やお守りなどを販売していた。
布団を敷いてハトムギをその上に寝かせてから、梅は丸いちゃぶ台をはさんで大地と向かい合った。
紫色のふっくらした座布団の上であぐらをかきながら、大地はこれまであった出来事を、じっくりと梅から聞き出した。
「……本殿でみそぎを?」
大地の問いに、梅が頷いた。
「はい。それがこの地に住む人々の、古い習わしのようです。『岩時神楽』という舞台を行う前に、彼らの心を神に示す必要があるとか」
大地は頭を抱えた。
「……そんな事をあの場所でしたら、ますますヤバい奴らを呼び集めてしまうじゃねぇか。本殿の中は人間以外、強い神や霊獣しか入れねぇんだから」
梅は心配そうにハトムギに目を向けつつ、大地に話しかけた。
「大地。この地に住む人々や、あなたの婚約者であるさくらに、恐ろしい危険が迫っています」
「……ああ」
「この岩時の地はマナの加護があり、この地に住む人には多くの『光る魂』が宿ります。高天原天神は、それを狙ってくるでしょう」
大地は頷いた。
「書物によると古い神々だけなんだろ?『光る魂』を食べる奴って。食われた人間ってどうなるんだ? ……死ぬのか?」
梅は首を横に振り、少し声を震わせながら返事をした。
「死にはしません。ただ、人間として生きていく前向きな気力を失います。それを神々に奪われてしまうのです」