桃色のドラゴンと最強神~ドラゴン・ノスタルジア ~∞クスコ∞
龍宮城で隠した穴
ここは天の原。
神々の世界と人間世界の、ちょうど狭間にあたる場所である。
その中心にはいつの間にか、円錐状に作られた巨大な城がそびえ立っている。
城の壁面には鱗のような形の階段が曲線を描きながら、てっぺんまで続いている。
明々とした青白い光が一定の間隔で灯り、ゆらゆらと動きながら輝いている。
風の神・久遠のために作られた、龍宮城だ。
『綺麗なお城ねぇ~』
大きな城の姿に感動して清名は飛び回り、うっとりした様子で声をあげる。
「ああ。そうだな…………」
初めて龍宮城を見た久遠も、圧倒されながら頷いた。
だが内心は、とても複雑である。
自分が生まれ育った屋敷は一体、どこに消えてしまったのだろう?
跡形も無く姿を消している。
改めて思う。
神々は残酷だ、と。
久遠が両親と過ごした大切な思い出など、神々にとっては、何の意味も持たない。
他人事だから躊躇せずに、元あった建物を綺麗さっぱり処分してしまえるのだ。
「生み出すのと壊すのは表裏一体」
『どうしたのよ久遠ちゃん、急に』
「自分を戒めてる。城が建てられたことにより、影になったものが必ず生まれる」
『……まあ、誰かがどこかで嘆き、悲しみ、死んでゆく。それは仕方が無いことよ』
アタシだって殺されちゃったわけだし!
清名は久遠のまわりをブンブン勢いよく飛びながら、ケタケタと笑い声をあげた。
『現実を笑い飛ばすくらいじゃなきゃダメよー、久遠ちゃん! あんまり考え過ぎるとほら、どんどんハゲチャビンになっちゃうんだからねっ!』
ハゲチャビン……
禿げるのなど怖くない。
心を失うよりマシだ。
「忘れたくない。『これで良し』という絶対は、どこにも無いのだと」
『ま、そんなに難しく考えること無いわ。龍宮城を拠点に動ける、と思えばいいわけよ』
「…………」
まだ空っぽなこの城で、高天原の神々が久遠に守らせたいのは『秘密』だ。
自分達が小さな幼児以下のアホだという、救いようのない弱点を他の神々に知られたく無いのである。
深名をはじめとする高天原の神々は、白龍を繁栄させるための駒を求めていた。
濁名が騒動を起こし、今回は予期せぬ形で久遠の身に白羽の矢が当たっただけだ。
久遠だけを徹底的に神格化し、うるさい白龍を全て、彼に取りまとめさせればいい。
天の原の神々が久遠の指示に従えば御しやすいし、白龍の絶滅も防げるだろうと考えたのである。
一方、久遠は。
たとえ一体だけでもいい。
尊敬や信頼が出来る何者かを、どこかで見つけ出したい。
そう、心から願っていた。
誰かと強く繋がりたかった。
今でも狂おしいほど求めている。
そのために、真実を教えてくれる『龍の目』を探したはずだったのに。
高天原で教えられたのは、清名の死による喪失感だけ。
確固たる指針を持つ神など、どこにも存在しないという事実だけだ。
久遠は自分の心を突き動かすような、不確かなものを繋ぎ止めてくれるような、揺るがない存在を探し出したい。
だから濁名の征伐に関係なく、人間の世界へ行ってみたい。
「今から選択し、為す事だけが全て。この龍宮城にそう言われてるような気がする」
『道案内はどこにもいない。久遠、あなたを導けるのは、あなたの心だけだ』
高天原にて少年姿の爽が別れ際、久遠に向かってこう言った。
人間世界へ向かう久遠の身を、案じてくれていたわけではない。
これから久遠が向かう場所が、少々特殊だと説明したかったらしい。
龍宮城は、天守閣を星型に囲むよう設置された五つの塔によって守られている。
五つの塔は反時計回りの螺旋を描きながら、煉瓦造りの龍宮城にぴったりと寄り添う姿で立っている。
深名は最南側に建てられた、最も異彩を放つ『ホシガリの塔』から人間世界へ行けと久遠に命じた。
鳳凰の姿をした彫刻が鋭い眼光で、白い塔のてっぺんから虚空を睨みつけている。
この塔だけが何重にも結界が張られており、ほかの四つの塔に比べて秘めやかなのには訳がある。
『バグを隠してるのさ。ほかの四つはダミーに過ぎない。ほとんどの神々は、そのことを知らないんだ。てか興味がない』
ここへ来る前、高天原で別れる際に爽がこっそり、久遠にだけ教えてくれた。
『ホシガリの塔の最下層にある大きな穴が、その最たるものだ。塞いでも塞いでも、何かの拍子にパカッ! と開いてしまう。そこから、頭が狂った神なんかがうっかり人間世界に落ちたりしないように、我々は必死に穴の存在を隠している』
「ならどうして…………」
『久遠を英雄に祀り上げるために、あの穴を使う必要があるんだよ』
穴を使う事により、久遠が独自の方法で人間の世界へ行ける崇高な神なのだと、他の神々に思わせる事が出来る。
純白の石で出来た大きな門が見える。
『久遠ちゃん、入り口に誰か立ってるわ』
清名は緑色の光を真っ直ぐ放ち、こちらを見ている神獣の姿を照らし出した。
照らされた神獣はまぶしそうに眼を細め、久遠に気づくとゆっくり跪いた。
「お初にお目にかかります、久遠様。私は星狩真広と申します」
「初めまして。星狩、真広さん」
「星狩で結構ですよ。ささ、こちらへどうぞ」
おっとりとした星狩に、久遠は塔の北側にある扉の前へと案内された。
石づくりの小さな扉の中央には、五角形をしたくぼみがある。
星狩は懐から取り出した同じ形をした白い石を、そのくぼみに重ね合わせた。
すると音を立てて扉が両側に開き、真っ直ぐ下へと伸びた階段が現れた。
「こちらへ」
長い階段を降りきって一番底のだだっ広い円形の場所に着く。
中央に、一気に百人は入れるくらいの大きな穴が広がっている。
時々、どこからともなく奇妙な音が聞こえてくる。
ジュッ!
ツルツルとした光沢のある石を重ねて作られた塔だが、外も中も白い砂で一面覆われている。
その砂が時々、生き物のように跳ねるのだ。
ジュッ!
砂が跳ねた途端、空気が急に熱くなる。
「お気を付けください。バグです。動く砂に触れると、致命的な変化を負います」
「変化を負うとは?」
火傷の間違いでは?
「久遠様のお姿が、思いもよらない何かに変わってしまいます。そのうち治ると思いますけどね」
…………死なないとはいえ、あまりにもリスクが大き過ぎるだろう。
もともと久遠は、英雄扱いされるのが大嫌いだった。
久遠の心にまた、爽の言葉が蘇る。
『深名様は久遠に意地悪したのさ。バグに狂わされた君が死んだところで、痛くもかゆくもない。事故で死んだことにしてしまえばいいわけだからね』
地震や洪水、暴風や津波などにより、人間世界の生き物は簡単に命を落とす。
『ホシガリの塔』の穴付近で起こるバグは、それに似ているという。
『高天原の神々は、権威が失墜するような失敗は絶対に許されない。だから秘密を隠し通せる神獣に命じて、バグの存在をひた隠しに隠している』
ポコポコッ! と砂が音を立てる。
『深名も僕も、タイミングを間違えてね。重要な欠落があったことに気づかないまま、人間世界を作り上げちゃったんだ』
タイミング?
欠落?
『どうにかこうにかアップデートしつつ、人間世界は現在に至ってる、ってわけ』
つまりは、あなた方が悪いんじゃないか?
久遠は心の中で、爽に向かって毒づいた。
『一緒に行けなくてごめんね。ほら、私には時の神の仕事がある。君ならきっと大丈夫さ、久遠』
────なーにが。
『道案内はどこにもいない。久遠、あなたを導けるのは、あなたの心だけだ』
だ!!!
見た目は子供、中身はオッサンめ!
虚空を睨む久遠に、清名が恐る恐る声をかけた。
『……久遠ちゃん、大丈夫?』
「大丈夫、じゃないだろうね」
でも行かなければならない。
久遠は怒りに任せ、えいっ! と穴の中へ飛び込んだ。
神々の世界と人間世界の、ちょうど狭間にあたる場所である。
その中心にはいつの間にか、円錐状に作られた巨大な城がそびえ立っている。
城の壁面には鱗のような形の階段が曲線を描きながら、てっぺんまで続いている。
明々とした青白い光が一定の間隔で灯り、ゆらゆらと動きながら輝いている。
風の神・久遠のために作られた、龍宮城だ。
『綺麗なお城ねぇ~』
大きな城の姿に感動して清名は飛び回り、うっとりした様子で声をあげる。
「ああ。そうだな…………」
初めて龍宮城を見た久遠も、圧倒されながら頷いた。
だが内心は、とても複雑である。
自分が生まれ育った屋敷は一体、どこに消えてしまったのだろう?
跡形も無く姿を消している。
改めて思う。
神々は残酷だ、と。
久遠が両親と過ごした大切な思い出など、神々にとっては、何の意味も持たない。
他人事だから躊躇せずに、元あった建物を綺麗さっぱり処分してしまえるのだ。
「生み出すのと壊すのは表裏一体」
『どうしたのよ久遠ちゃん、急に』
「自分を戒めてる。城が建てられたことにより、影になったものが必ず生まれる」
『……まあ、誰かがどこかで嘆き、悲しみ、死んでゆく。それは仕方が無いことよ』
アタシだって殺されちゃったわけだし!
清名は久遠のまわりをブンブン勢いよく飛びながら、ケタケタと笑い声をあげた。
『現実を笑い飛ばすくらいじゃなきゃダメよー、久遠ちゃん! あんまり考え過ぎるとほら、どんどんハゲチャビンになっちゃうんだからねっ!』
ハゲチャビン……
禿げるのなど怖くない。
心を失うよりマシだ。
「忘れたくない。『これで良し』という絶対は、どこにも無いのだと」
『ま、そんなに難しく考えること無いわ。龍宮城を拠点に動ける、と思えばいいわけよ』
「…………」
まだ空っぽなこの城で、高天原の神々が久遠に守らせたいのは『秘密』だ。
自分達が小さな幼児以下のアホだという、救いようのない弱点を他の神々に知られたく無いのである。
深名をはじめとする高天原の神々は、白龍を繁栄させるための駒を求めていた。
濁名が騒動を起こし、今回は予期せぬ形で久遠の身に白羽の矢が当たっただけだ。
久遠だけを徹底的に神格化し、うるさい白龍を全て、彼に取りまとめさせればいい。
天の原の神々が久遠の指示に従えば御しやすいし、白龍の絶滅も防げるだろうと考えたのである。
一方、久遠は。
たとえ一体だけでもいい。
尊敬や信頼が出来る何者かを、どこかで見つけ出したい。
そう、心から願っていた。
誰かと強く繋がりたかった。
今でも狂おしいほど求めている。
そのために、真実を教えてくれる『龍の目』を探したはずだったのに。
高天原で教えられたのは、清名の死による喪失感だけ。
確固たる指針を持つ神など、どこにも存在しないという事実だけだ。
久遠は自分の心を突き動かすような、不確かなものを繋ぎ止めてくれるような、揺るがない存在を探し出したい。
だから濁名の征伐に関係なく、人間の世界へ行ってみたい。
「今から選択し、為す事だけが全て。この龍宮城にそう言われてるような気がする」
『道案内はどこにもいない。久遠、あなたを導けるのは、あなたの心だけだ』
高天原にて少年姿の爽が別れ際、久遠に向かってこう言った。
人間世界へ向かう久遠の身を、案じてくれていたわけではない。
これから久遠が向かう場所が、少々特殊だと説明したかったらしい。
龍宮城は、天守閣を星型に囲むよう設置された五つの塔によって守られている。
五つの塔は反時計回りの螺旋を描きながら、煉瓦造りの龍宮城にぴったりと寄り添う姿で立っている。
深名は最南側に建てられた、最も異彩を放つ『ホシガリの塔』から人間世界へ行けと久遠に命じた。
鳳凰の姿をした彫刻が鋭い眼光で、白い塔のてっぺんから虚空を睨みつけている。
この塔だけが何重にも結界が張られており、ほかの四つの塔に比べて秘めやかなのには訳がある。
『バグを隠してるのさ。ほかの四つはダミーに過ぎない。ほとんどの神々は、そのことを知らないんだ。てか興味がない』
ここへ来る前、高天原で別れる際に爽がこっそり、久遠にだけ教えてくれた。
『ホシガリの塔の最下層にある大きな穴が、その最たるものだ。塞いでも塞いでも、何かの拍子にパカッ! と開いてしまう。そこから、頭が狂った神なんかがうっかり人間世界に落ちたりしないように、我々は必死に穴の存在を隠している』
「ならどうして…………」
『久遠を英雄に祀り上げるために、あの穴を使う必要があるんだよ』
穴を使う事により、久遠が独自の方法で人間の世界へ行ける崇高な神なのだと、他の神々に思わせる事が出来る。
純白の石で出来た大きな門が見える。
『久遠ちゃん、入り口に誰か立ってるわ』
清名は緑色の光を真っ直ぐ放ち、こちらを見ている神獣の姿を照らし出した。
照らされた神獣はまぶしそうに眼を細め、久遠に気づくとゆっくり跪いた。
「お初にお目にかかります、久遠様。私は星狩真広と申します」
「初めまして。星狩、真広さん」
「星狩で結構ですよ。ささ、こちらへどうぞ」
おっとりとした星狩に、久遠は塔の北側にある扉の前へと案内された。
石づくりの小さな扉の中央には、五角形をしたくぼみがある。
星狩は懐から取り出した同じ形をした白い石を、そのくぼみに重ね合わせた。
すると音を立てて扉が両側に開き、真っ直ぐ下へと伸びた階段が現れた。
「こちらへ」
長い階段を降りきって一番底のだだっ広い円形の場所に着く。
中央に、一気に百人は入れるくらいの大きな穴が広がっている。
時々、どこからともなく奇妙な音が聞こえてくる。
ジュッ!
ツルツルとした光沢のある石を重ねて作られた塔だが、外も中も白い砂で一面覆われている。
その砂が時々、生き物のように跳ねるのだ。
ジュッ!
砂が跳ねた途端、空気が急に熱くなる。
「お気を付けください。バグです。動く砂に触れると、致命的な変化を負います」
「変化を負うとは?」
火傷の間違いでは?
「久遠様のお姿が、思いもよらない何かに変わってしまいます。そのうち治ると思いますけどね」
…………死なないとはいえ、あまりにもリスクが大き過ぎるだろう。
もともと久遠は、英雄扱いされるのが大嫌いだった。
久遠の心にまた、爽の言葉が蘇る。
『深名様は久遠に意地悪したのさ。バグに狂わされた君が死んだところで、痛くもかゆくもない。事故で死んだことにしてしまえばいいわけだからね』
地震や洪水、暴風や津波などにより、人間世界の生き物は簡単に命を落とす。
『ホシガリの塔』の穴付近で起こるバグは、それに似ているという。
『高天原の神々は、権威が失墜するような失敗は絶対に許されない。だから秘密を隠し通せる神獣に命じて、バグの存在をひた隠しに隠している』
ポコポコッ! と砂が音を立てる。
『深名も僕も、タイミングを間違えてね。重要な欠落があったことに気づかないまま、人間世界を作り上げちゃったんだ』
タイミング?
欠落?
『どうにかこうにかアップデートしつつ、人間世界は現在に至ってる、ってわけ』
つまりは、あなた方が悪いんじゃないか?
久遠は心の中で、爽に向かって毒づいた。
『一緒に行けなくてごめんね。ほら、私には時の神の仕事がある。君ならきっと大丈夫さ、久遠』
────なーにが。
『道案内はどこにもいない。久遠、あなたを導けるのは、あなたの心だけだ』
だ!!!
見た目は子供、中身はオッサンめ!
虚空を睨む久遠に、清名が恐る恐る声をかけた。
『……久遠ちゃん、大丈夫?』
「大丈夫、じゃないだろうね」
でも行かなければならない。
久遠は怒りに任せ、えいっ! と穴の中へ飛び込んだ。