桃色のドラゴンと最強神~ドラゴン・ノスタルジア ~∞クスコ∞
宵祭り
8月5日。
昼と夜の、ちょうど境目。
岩時神社の参道には灯篭の他に、この期間だけ提灯や松明が設置されている。
神々をこの地に迎え入れるため、霊獣達は人の姿に変化する。
明日になれば参道には人が溢れ、神社はきっとお祭り騒ぎだ。
弥生を守りぬく。
命がけの覚悟で彼らは臨む。
隅々まで明るく照らしながら、神社近辺に潜む、闇を生きる者の動向を伺う。
恐ろしいのは濁名だ。
いつ来るのかがわからない。
霊水をたくさん口に含んだせいで、梅をはじめとする霊獣達は体が熱い。
岩時祭りの間だけは、人としての肉体を手に入れているせいもあった。
これは最強神・深名が人間世界を作り上げた時に、霊獣に施した力の一つである。
神々が舞い降りる祭りの時期に合わせ、彼らに人間を守らせるため。
本殿の両開きになった扉は、横木による閂によってぴったりと閉まっており、今は中の様子を知る事が出来ない。
人の姿をした牡鹿のキヌリと狐のウバキが、護衛のため扉近くに立っている。
誰がやって来ても、本殿の中へは生き物を通してはならない。
その中で数百年に一度の、神と人が相対する儀式が執り行われるから。
「弥生は死ぬの?」
たった一人の巫女である弥生が心配だ。
自分達は彼女を、どう守る?
「多分そうはならない。洞窟の中で変化した弥生を見たろ?」
只者じゃ無かった。
そう易々と、生贄にはならないだろう。
それどころか。
闇が襲い来る前に、自ら立ち向かって退治してしまうように見えた。
「俺ら、どうやったら、弥生の力になれるんだろ…………」
噂の弥生は本殿の中で一年ぶりに、大好きな両親との再会を果たした。
「弥生!」
父と母はかわるがわる弥生を抱きしめ、涙を流しながら震えている。
懐かしくて、優しい温もり。
霊獣達とは会話出来たが、それでも一人は寂しかった。
「お父様、お母様。もう一度会えて嬉しいわ…………」
それ以上言葉が出ない。
「私達もよ、弥生。あなたに会えなくて、とても寂しかったわ」
「弥生。我々はまだ、お前を諦めたわけではない」
生贄になって欲しくない。
二人の目がそう言っている。
父は弥生を真っ直ぐ見つめ、厳かな口調で話し出した。
「今から言う場所へ行ってくれないか。お前をきっと守ってくれる…………」
「お父様。お母様」
弥生は父の言葉を遮った。
「これをご覧ください」
両親は弥生が握る時刈の剣を見て、息を飲んだ。
光り輝いている。
柄の中に彫られた鳳凰は青白く、時には赤く、燃えさかる炎の様に蠢いている。
聖と邪。
善と悪。
正と誤。
全てを呑み込むかのように。
「……まるで生きているみたいでしょう? この剣」
弥生の目はきらきらと瞬いており、心が弾んでいるように見える。
父と母は彼女を見て、複雑な表情を見せた。
娘の眼がまるで、戦いに向かう戦士のように見えてしまう。
「私ね、今、全てが良い方に向かう予感しかしないの」
「何を言っているんだ、弥生」
絶望のどん底からは、希望しか生まれない。
そんな風に聞こえる。
このような現実を、父も母も想像していなかった。
熱い何かが弥生の心に沸き上がり、沸騰するような音を立てている。
これが気枯れの感覚?
霊水の効果?
制御出来ない。
今の弥生を止められるとしたら、夢に出て来たあの白龍だけだろう。
夢が現実になればいいのに。
弥生は、自分の中に再び筒女神が降臨していることを体感した。
『クスコ…………?』
恐る恐る、心の中で彼女の名を呼んでみる。
『弥生よ、おぬしの体を使わせてもらって良いかのう』
クスコの声は慈愛に満ちており、弥生を気遣うように尋ねてくれる。
脳の中でその声は、ぞわりと心地よく、弥生の体全体に触れてゆく。
クスコはずるい。
とうに決定しているはずなのに、あえてこちらの意思を確認してくる。
ぞくりとまた、肌が泡立つ。
『はい、クスコ様。どうぞ私の体を、お使い下さい』
かなりしんどいぞ、とクスコはさらに付け加える。
『おぬしを死なせはしない。それだけは約束する』
涙がこみ上げそうになる。
今まで出会ったあらゆるものへの、憧れと感謝の気持ちが鮮明に浮かぶ。
大切にしてもらったこと全てに対する、自分に出来る精一杯のお礼をしたい。
生きる喜びを心からかみしめていたからこそ、自らの意思でこの場にいる。
今日からは、人や、生き物達や、会いたかったもの全てに伝えられる。
不思議なのだが、弥生はそのことに途方も無くワクワクしていた。
これから起こる出来事に恐怖を感じるどころか、期待感まで沸き起こっている。
こんな時に、不謹慎なのだが。
長いようで短かった一年が、やっと終わる。
『私はあなたの力になれますか?』
心も体も切り替わる。
『もちろんじゃ。もう、なっちょる』
ああ、もう充分だ。
弥生は心配そうにこちらを見ている両親に向かって、こう言った。
「生まれてから今まで、私を大切にしてくれて、本当にありがとうございます」
この実感だけで充分。
「私は生きる事を、最後まで諦めません。だって二人にもらった大切な命ですもの」
弥生は自分にしか出来ない事を、今から体感しようとしている。
ただ、それだけだ。
両親には、気持ちがきちんと伝わったようだ。
弥生の覚悟を感じ、二人は静かに頷いた。
ドン!
ドン!
ドン!!
大きな花火が打ちあがる。
祭りが始まる合図だ。
初日は宵祭り。
神事に携わる者達へのねぎらいと、みそぎが主な目的となるため、集まったのは二十人足らずで、一般の人々は参加できない。
霊水の他に神酒、米、野菜などが準備されるが、静かに過ごすのが通例。
弥生はこの日、一年ぶりに両親以外の人間や、生身の生き物達にも会えた。
拝殿の前で二礼、二拍手、一礼。
感謝を神に伝える。
「ありがとうございます」
顔を上げた瞬間、猫の声が聞こえた。
『ニャー』
いつの間にか拝殿の前に、小さな白猫がちょこんと座っている。
「わあ、可愛い!」
弥生は宝物を扱うように優しく、そっと子猫を抱き上げた。
「……あなた、どうしてここにいるの? 迷子なの?」
『ニャー』
嬉しそうにゴロゴロ喉を鳴らし、猫はふくよかな弥生の胸に、顔を擦り付けている。
触れている部分がくすぐったくて、弥生は思わず笑い声を上げる。
何故これほどまでに愛おしくて、尊い気持ちが沸き上がるのだろう。
猫はしきりに、にゃー、にゃー、と鳴いている。
「ああ……あなたに会えて嬉しいわ! 来てくれてありがとう」
人の姿をしたアイトとリョクが、弥生に気づいて近づいて来る。
「見かけねぇ白猫だな」
アイトは青と白の袴に長槍、リョクは黒と白の袴に飛刀を身に着けている。
「アイトさん、リョクさん」
二体とも18歳くらいの少年で、タイプは異なるが、なかなかのイケメンだ。
「やよちゃんのむ、む、胸から、顔をあげろよ、おいっ!」
狛犬リョクは明らかに、猫を羨ましがっている。
ちょうどその時、梅も社務所の方角から歩いて来た。
「どうしたのです、弥生。その子猫は…………」
「遊びに来てくれたみたい!」
鳳凰の梅も今は、艶やかな黒髪を後ろにきちんと束ねた女性の姿をしている。
浅黄色の浴衣の上にかぶった白いスモックには鳳凰の紋が描かれており、梅は白い杖を手にしている。
弥生は子猫を地面の上にそっと下ろした。
何か言いたげな様子で、子猫は弥生を見上げている。
「毛並みは綺麗ですよね? 動きはやらしかったけど」
リョクはまだ引きずっている。
「育ちがいいのかな」
「野良では無いように見えますが…………」
一体どこから入って来たのだろう。
梅だけは猫の正体が只者では無い事に気づいたが、それを口にはしなかった。
「今までよく頑張りましたね。弥生」
昨日までは。
一言でも生身の生き物と会話したり触れ合えば、弥生は気枯れになれなかった。
彼女はついに、一年という長さの儀式をやり遂げたのである。
「ねえ、梅ちゃん」
「何でしょう」
弥生はしゃがんで、白猫の頭や体を優しく撫でながら囁いた。
「私は、ちゃんと『気枯れ』になれたのかしら」
「ええ。なれています」
霊水の効力について、人間も神々も、大きな勘違いをしていたのかも知れない。
弥生を通して、梅は奇跡を見た気がする。
「?」
クスコが弥生に宿った時、書物や想像とは違っていたので梅はとても驚いた。
きっと『気枯れ』にも人の数だけ、様々な種類があるのだろう。
弥生は途方も無く大きな、筒女神の『器』だ。
雑念を排除した状態からも、神に従順で妄信的な状態からも程遠かった。
「生きたい」というエネルギーに、ただただ満ち溢れていた。
梅は、弥生の肩に手を乗せた。
本当のところは謎のままだが。
自分に出来るのは弥生を勇気づけること、力になることだけである。
「弥生。具合が悪くなったら、すぐ私に言うのですよ」
「ええ。わかったわ」
梅ちゃんに、優しい霊獣達に、人や生き者達に、この世界に、会えて嬉しい。
この『出会いの感動』こそ、気枯れの儀式をする事によって生まれた、大切な力だ。
誰かと触れあいたいという強い心が、筒女神の器には必要不可欠なのである。
拒絶の感情が邪魔をしては、神の心に触れることはおろか、近づく事さえ出来なくなってしまう。
突然、大きな音がした。
────ゴゴゴゴゴゴッ!!!
梅が叫ぶ。
「本殿の結界が解かれました!……濁名かも知れません!」
昼と夜の、ちょうど境目。
岩時神社の参道には灯篭の他に、この期間だけ提灯や松明が設置されている。
神々をこの地に迎え入れるため、霊獣達は人の姿に変化する。
明日になれば参道には人が溢れ、神社はきっとお祭り騒ぎだ。
弥生を守りぬく。
命がけの覚悟で彼らは臨む。
隅々まで明るく照らしながら、神社近辺に潜む、闇を生きる者の動向を伺う。
恐ろしいのは濁名だ。
いつ来るのかがわからない。
霊水をたくさん口に含んだせいで、梅をはじめとする霊獣達は体が熱い。
岩時祭りの間だけは、人としての肉体を手に入れているせいもあった。
これは最強神・深名が人間世界を作り上げた時に、霊獣に施した力の一つである。
神々が舞い降りる祭りの時期に合わせ、彼らに人間を守らせるため。
本殿の両開きになった扉は、横木による閂によってぴったりと閉まっており、今は中の様子を知る事が出来ない。
人の姿をした牡鹿のキヌリと狐のウバキが、護衛のため扉近くに立っている。
誰がやって来ても、本殿の中へは生き物を通してはならない。
その中で数百年に一度の、神と人が相対する儀式が執り行われるから。
「弥生は死ぬの?」
たった一人の巫女である弥生が心配だ。
自分達は彼女を、どう守る?
「多分そうはならない。洞窟の中で変化した弥生を見たろ?」
只者じゃ無かった。
そう易々と、生贄にはならないだろう。
それどころか。
闇が襲い来る前に、自ら立ち向かって退治してしまうように見えた。
「俺ら、どうやったら、弥生の力になれるんだろ…………」
噂の弥生は本殿の中で一年ぶりに、大好きな両親との再会を果たした。
「弥生!」
父と母はかわるがわる弥生を抱きしめ、涙を流しながら震えている。
懐かしくて、優しい温もり。
霊獣達とは会話出来たが、それでも一人は寂しかった。
「お父様、お母様。もう一度会えて嬉しいわ…………」
それ以上言葉が出ない。
「私達もよ、弥生。あなたに会えなくて、とても寂しかったわ」
「弥生。我々はまだ、お前を諦めたわけではない」
生贄になって欲しくない。
二人の目がそう言っている。
父は弥生を真っ直ぐ見つめ、厳かな口調で話し出した。
「今から言う場所へ行ってくれないか。お前をきっと守ってくれる…………」
「お父様。お母様」
弥生は父の言葉を遮った。
「これをご覧ください」
両親は弥生が握る時刈の剣を見て、息を飲んだ。
光り輝いている。
柄の中に彫られた鳳凰は青白く、時には赤く、燃えさかる炎の様に蠢いている。
聖と邪。
善と悪。
正と誤。
全てを呑み込むかのように。
「……まるで生きているみたいでしょう? この剣」
弥生の目はきらきらと瞬いており、心が弾んでいるように見える。
父と母は彼女を見て、複雑な表情を見せた。
娘の眼がまるで、戦いに向かう戦士のように見えてしまう。
「私ね、今、全てが良い方に向かう予感しかしないの」
「何を言っているんだ、弥生」
絶望のどん底からは、希望しか生まれない。
そんな風に聞こえる。
このような現実を、父も母も想像していなかった。
熱い何かが弥生の心に沸き上がり、沸騰するような音を立てている。
これが気枯れの感覚?
霊水の効果?
制御出来ない。
今の弥生を止められるとしたら、夢に出て来たあの白龍だけだろう。
夢が現実になればいいのに。
弥生は、自分の中に再び筒女神が降臨していることを体感した。
『クスコ…………?』
恐る恐る、心の中で彼女の名を呼んでみる。
『弥生よ、おぬしの体を使わせてもらって良いかのう』
クスコの声は慈愛に満ちており、弥生を気遣うように尋ねてくれる。
脳の中でその声は、ぞわりと心地よく、弥生の体全体に触れてゆく。
クスコはずるい。
とうに決定しているはずなのに、あえてこちらの意思を確認してくる。
ぞくりとまた、肌が泡立つ。
『はい、クスコ様。どうぞ私の体を、お使い下さい』
かなりしんどいぞ、とクスコはさらに付け加える。
『おぬしを死なせはしない。それだけは約束する』
涙がこみ上げそうになる。
今まで出会ったあらゆるものへの、憧れと感謝の気持ちが鮮明に浮かぶ。
大切にしてもらったこと全てに対する、自分に出来る精一杯のお礼をしたい。
生きる喜びを心からかみしめていたからこそ、自らの意思でこの場にいる。
今日からは、人や、生き物達や、会いたかったもの全てに伝えられる。
不思議なのだが、弥生はそのことに途方も無くワクワクしていた。
これから起こる出来事に恐怖を感じるどころか、期待感まで沸き起こっている。
こんな時に、不謹慎なのだが。
長いようで短かった一年が、やっと終わる。
『私はあなたの力になれますか?』
心も体も切り替わる。
『もちろんじゃ。もう、なっちょる』
ああ、もう充分だ。
弥生は心配そうにこちらを見ている両親に向かって、こう言った。
「生まれてから今まで、私を大切にしてくれて、本当にありがとうございます」
この実感だけで充分。
「私は生きる事を、最後まで諦めません。だって二人にもらった大切な命ですもの」
弥生は自分にしか出来ない事を、今から体感しようとしている。
ただ、それだけだ。
両親には、気持ちがきちんと伝わったようだ。
弥生の覚悟を感じ、二人は静かに頷いた。
ドン!
ドン!
ドン!!
大きな花火が打ちあがる。
祭りが始まる合図だ。
初日は宵祭り。
神事に携わる者達へのねぎらいと、みそぎが主な目的となるため、集まったのは二十人足らずで、一般の人々は参加できない。
霊水の他に神酒、米、野菜などが準備されるが、静かに過ごすのが通例。
弥生はこの日、一年ぶりに両親以外の人間や、生身の生き物達にも会えた。
拝殿の前で二礼、二拍手、一礼。
感謝を神に伝える。
「ありがとうございます」
顔を上げた瞬間、猫の声が聞こえた。
『ニャー』
いつの間にか拝殿の前に、小さな白猫がちょこんと座っている。
「わあ、可愛い!」
弥生は宝物を扱うように優しく、そっと子猫を抱き上げた。
「……あなた、どうしてここにいるの? 迷子なの?」
『ニャー』
嬉しそうにゴロゴロ喉を鳴らし、猫はふくよかな弥生の胸に、顔を擦り付けている。
触れている部分がくすぐったくて、弥生は思わず笑い声を上げる。
何故これほどまでに愛おしくて、尊い気持ちが沸き上がるのだろう。
猫はしきりに、にゃー、にゃー、と鳴いている。
「ああ……あなたに会えて嬉しいわ! 来てくれてありがとう」
人の姿をしたアイトとリョクが、弥生に気づいて近づいて来る。
「見かけねぇ白猫だな」
アイトは青と白の袴に長槍、リョクは黒と白の袴に飛刀を身に着けている。
「アイトさん、リョクさん」
二体とも18歳くらいの少年で、タイプは異なるが、なかなかのイケメンだ。
「やよちゃんのむ、む、胸から、顔をあげろよ、おいっ!」
狛犬リョクは明らかに、猫を羨ましがっている。
ちょうどその時、梅も社務所の方角から歩いて来た。
「どうしたのです、弥生。その子猫は…………」
「遊びに来てくれたみたい!」
鳳凰の梅も今は、艶やかな黒髪を後ろにきちんと束ねた女性の姿をしている。
浅黄色の浴衣の上にかぶった白いスモックには鳳凰の紋が描かれており、梅は白い杖を手にしている。
弥生は子猫を地面の上にそっと下ろした。
何か言いたげな様子で、子猫は弥生を見上げている。
「毛並みは綺麗ですよね? 動きはやらしかったけど」
リョクはまだ引きずっている。
「育ちがいいのかな」
「野良では無いように見えますが…………」
一体どこから入って来たのだろう。
梅だけは猫の正体が只者では無い事に気づいたが、それを口にはしなかった。
「今までよく頑張りましたね。弥生」
昨日までは。
一言でも生身の生き物と会話したり触れ合えば、弥生は気枯れになれなかった。
彼女はついに、一年という長さの儀式をやり遂げたのである。
「ねえ、梅ちゃん」
「何でしょう」
弥生はしゃがんで、白猫の頭や体を優しく撫でながら囁いた。
「私は、ちゃんと『気枯れ』になれたのかしら」
「ええ。なれています」
霊水の効力について、人間も神々も、大きな勘違いをしていたのかも知れない。
弥生を通して、梅は奇跡を見た気がする。
「?」
クスコが弥生に宿った時、書物や想像とは違っていたので梅はとても驚いた。
きっと『気枯れ』にも人の数だけ、様々な種類があるのだろう。
弥生は途方も無く大きな、筒女神の『器』だ。
雑念を排除した状態からも、神に従順で妄信的な状態からも程遠かった。
「生きたい」というエネルギーに、ただただ満ち溢れていた。
梅は、弥生の肩に手を乗せた。
本当のところは謎のままだが。
自分に出来るのは弥生を勇気づけること、力になることだけである。
「弥生。具合が悪くなったら、すぐ私に言うのですよ」
「ええ。わかったわ」
梅ちゃんに、優しい霊獣達に、人や生き者達に、この世界に、会えて嬉しい。
この『出会いの感動』こそ、気枯れの儀式をする事によって生まれた、大切な力だ。
誰かと触れあいたいという強い心が、筒女神の器には必要不可欠なのである。
拒絶の感情が邪魔をしては、神の心に触れることはおろか、近づく事さえ出来なくなってしまう。
突然、大きな音がした。
────ゴゴゴゴゴゴッ!!!
梅が叫ぶ。
「本殿の結界が解かれました!……濁名かも知れません!」